レジットの民と(2)
「様子からして、クゥは『ラギータ』というワードに馴染みがないようです。とぼけているようには思えませんし、どういうことなのでしょう」
「クゥが知ってるのは『ラギータの伝承』って話だけなのぉ。上の人が口伝しているみたいでぇ」
ルオーはティムニに視線を移す。
『これはラギータ種の娘。体格からして、おそらく子孫のはずー』
「気になる言い方ですね。『種』というからには派生種みたいな感じです?」
『そう。ナルジの民には同種派生ながらネローメ種とラギータ種がいたの。その片割れの子孫』
聞き慣れないワードが頻出する。どうにも聞き手に徹しないと話が進まないので進行役を買って出ることにした。
「ナルジの民は検索にヒットしませんね。説明してもらってもいいですか?」
調べながら尋ねる。
『ある惑星上で同じ祖から発生したのがネローメ種とラギータ種。このネローメ種っていうのがティムニの創造主。温厚なネローメ種と好戦的なラギータ種はずっと対立して戦争に発展したのー』
「それでティムニは彼女に悪感情を抱いてたんですか。でも、星間銀河圏に加盟していない民族のことをよく知ってましたね?」
『昔のことだからー』
いつも陽気なAIは腕組みして不機嫌なままである。
『恒星間航宙技術も持っていたナルジの民の争いは宇宙規模の大戦に発展して、結果ネローメ種の勝利でラギータ種を宇宙へ放逐したのー』
「それほど険悪だったんですね」
『ラギータ種が好戦的すぎてそれ以外の道しかなかっただけー』
レジット人の歴史らしき話が語られる。クーファが興味津々で耳を傾けているのをみると本当に知らない事実らしい。
『ラギータ種は執念深くも復讐に戻ってきたの。放逐から四百年後のことー』
予想よりも遥かにスパンの長い話だった。
「長すぎね?」
「パット、気になる点は幾つかありますけど、まず聞きましょう」
『怖ろしく発展してた互いの兵器が衝突して、その戦争は凄まじいものだったわー。そして、最終的に母星である惑星ナルジを破壊して、両者ともに滅んでしまったの』
そこで話が噛み合わない。滅んだはずの種の子孫が眼の前にいることになる。
「滅んでなかったと?」
そうとしか思えない。
『滅んでたはずだったー。ラギータ種が移民船を幾つか脱出させた情報あるんだけど、どこかで生き残ってたとは思えなかったの。だってそれ、八千年以上前の話なんだもん』
「普通に考えればまた増えて一つの文明を築いているくらいのスパンですね。それがなかったからティムニは滅んだと判断してた?」
『そのとおりー』
ようやくいつもの調子が戻ってきてくるくる踊る。
「ちょっと待ってくださいね。それだと、ティムニは八千年以上前の古代先進文明の遺産ってことになるんじゃないですか?」
『正解ー。わりとすごいでしょー』
「信じられません』
どこかで開発された最先端AIくらいに考えていた。国際法に抵触しそうな高度な自我を持つだけに、秘密裏に開発されたものが流出した可能性があると予想していたのだ。
(もしかして僕、とてつもなく面倒そうな事情に巻き込まれてない?)
かなり不安になってきた。
『でも、そのことに関しては他言無用。すっごく厄介な話になっちゃうかもー』
釘を差してくる。
「勧められてもバラしたくないですね。パットもいいですよね?」
「おー、酒入ると自信ないけど一応OK」
「重々お願いしますよ」
念押しする。
『ここまでがあたしの知ってる歴史。そっちのラギータ種の言う伝承ってのはー?』
「あくまで険悪なんですね。もう八千年前の話でしょう?」
『わりと最近、面倒事になったばかり』
ぽそりと付け加える。ルオーも深く突っ込んで聞く気になれなかった。
「たぶん、ティムニちゃんの話は合ってるのぉ。レジットの祖先が流れ着いた移民なのは本当ぉ。二千年くらい前まで禍月が空に浮かんでたって話でぇ」
クーファが打ち明ける。
「まがつき?」
「移民船かなぁ? 落っこちそうになったから破壊して大気圏で燃やしたって歴史で習ったのぉ」
「なるほど。どのくらいの期間、移民船で宇宙を旅していたのかわかりませんが、星間銀河人類が宇宙進出する遥か前には惑星レジットに根付いていた計算になりますね」
そこからも長かった。
「聞いた話では、惑星に流れ着いたラギータ種は驚くほど長期にわたり風土病に苦しめられて発展を封じられていたようです。勘弁してあげられませんか、ティムニ?」
『うー……』
「特に対立しないのであれば、互いを見つめ直すのに十分な冷却期間だったと思いますけど」
八千年前の遺恨をその子孫に引き継ぐのは建設的とは思えない。当事者でないルオーに諌める権利などないかもしれないが、少なくともレジット人を滅ぼすべきなどとは到底考えられない。
『相当苦労したのは見た目でもわかるんだけどー』
意味を測りかねる発言だった。
「どういうことです?」
『ラギータ種もネローメ種も身長は平均して100cm程度だったのー。それが、こんなに大きく成長するほど進化する期間、増えられないほど苦しい環境下で生きてきたんなら贖罪といえなくもないー』
「100cm! これでも大きくなったほうだったんですね」
145cm足らずとはいえ、変化する長い長い時間が過ぎ去っていたのだとルオーは実感した。
次回『レジットの民と(3)』 「エッチな意味でぇ?」