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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
無理が通れば道理が引っ込む

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旭帯びしは(1)

「嫌だったら、あのときミアンドラ様のお願いを拒んでましたよ」

「わたし、打診されたとき一番に出した条件はライジングサンとの契約だったの」

 ルオーの言に安らいだ面持ちで続けてくる。


 戦術分析室の結果に政権への忖度は感じてはいない。参謀部と分けられていたりいなかったりする、どこの国軍も設置している部門だ。

 やっていることも似たりよったりである。戦況の分解及び判断までをAIに任せ、それぞれの結果を人員が再検分および統合する場合が多い。つまり、偏りの入りにくい仕組みになっている。


(僕の所見も同じだねぇ。ミアンドラ様の指揮がなければ、おそらくガンゴスリの部隊は全滅に近い結果になったと思う)


 撤退が成功したとしても、だ。置き去りにして時空界面突入(ブレイクイン)するのが精一杯だったろう。


「あなたの負荷が大きすぎるんです。わずか一戦であの体たらくですよ?」

 わざと厳しく言う。

「鍛えなければと思うの。でも、ルオーがいてくれれば比較的マシな指揮ができるはず。お父様もしっかりとした艦隊編成をしてくださるし、兵の意気にも応えたくて。駄目?」

「……約束できます?」

「なに?」

 長い長いため息を挟んで尋ねる。

「もし、自分で体力的限界を感じたり、倒れるようなことがあったらすぐさま交代です。それに見合う副司令を配置してないとお断りです」

「もちろん。責任を負う以上、体調管理には気配りするから」

「もっとも、前者は絶対に申告しないでしょうけど」

 決して全面的に賛成ではないと戒める。


 なにより、それ以外に選択肢がない。内閣はその決定を覆さないだろう。ルオーが拒めば、ミアンドラは一人で戦場に放り出される。それは彼の心が納得しない。


「やったぁ」

「一緒ぉ」

 少女とクーファが手を取り合って喜んでいる。

「遊びに行くんじゃあり……、いえ、遊びがてらくらいのつもりでいてください」

「心配しないで。もう一つの条件、ルオーの意見は参謀官のそれより重視されるよう調整するから」

「余計に大変じゃないですか。契約料金(フィー)、吊り上げてもいいんです?」

 嫌味の一つくらいは許されよう。

「わかった。言い値で払おう」

「変なところで親心を発揮しないでください」

「変か?」


 ボードル氏もおかしなところで浮世離れしている。長期の従軍依頼となれば相当な額になると思うが、出処が国庫であれば経費で計上できるていどなのは否めない。


傭兵協会(ソルジャーズユニオン)に何隻か寄越してもらうより安上がりのはずだが」

「戦闘艦何隻か分は働けって聞こえてます」


 ルオーはちょっと泣きそうだった。


   ◇      ◇      ◇


 首都ルードリーのグルメ探索は一年以上ぶりである。下準備も十分であった。問題はメンバーだけ。


「君は付き合う必要ないんですよ、パット。いつもどおり好きにしてください」

 色男もついてきている。

「いつでも消えるさ、ゼフィちゃんと一緒なら」

「わたしはこっちがいいわ。一人で消えてくださらない?」

「というわけでオレも一緒だ」

 当たり前のように主張する。

「ミアンドラ様は結構です。あなたの気晴らしも兼ねてるんですから。で、どうしていらっしゃるんです、エスメリア様?」

「あ、わたしが誘ったの」

「冷たいぞ、ルオー。どうして誘ってくれなかったのだ。一緒に戦った仲ではないか。前回もいい店を紹介してやったのに」


 国軍観兵試合のあとの話である。まあ、エスメリアに紹介された店はカーデル家の運営する系列店ばかりだったが。厳選素材を用いる名店なのは認める。


「戦友を見捨てるな」

 口を尖らせている。

「あのですね、今度は本格的な出征になるんです。訓練じゃないんですよ? あなたは外れるんじゃないです?」

「いや、私も動員されるはずだ。旗艦に指定されるゲムデクスから配置転換の辞令を受けていない」

「ガンゴスリ軍はそんなに人材不足とは思えないんですけど」


 よくもまあ平気なものだ。相当怖い思いをしたはずなのに配置転換を望まなかったらしい。二十一歳の乙女が豪胆なことである。


「ピルデリーのレンティンが地団駄踏んで悔しがる様子が面白くてな。自分も連れていけと駄々をこねたらしい」

 ケタケタと笑う。

「レンティン様はまだ卒業まで間がおありでしょう? どうしてそんなに戦地に行きたがるんだか」

「私に水を開けられるのが我慢ならんのだ。長引かせろと文句を言っていた」

ガンゴスリ(ここ)の方は理解できません」

 軍国主義を嘗めていたようだ。

「今回の出征はお兄様方もゲムデクスに乗り合わせるそうよ。お父様は同行できないからお目付け役みたい」

「僕のプレッシャーたるや、どれほどと思います?」

「大丈夫、あの試合の映像を見て肩を落としていらっしゃったもの」

「余計に怖いです!」


 艤装中のゲムデクスが再出航できるまでに艦隊も編成される予定である。実に、全十二隻の艦隊が派遣される。

 ゼオルダイゼ同盟を敵にまわすにはいささか心許ないともいえようが、本国の防衛をないがしろにもできない。相手も敵の多い状態での戦争であることを踏まえると適当といえようか。


「難しい話はもういいのぉ。クゥはもう燃房(チャンバー)に充填しないと力尽きてぇ」

「はいはい、燃費悪いですからね」

「シェフごと味わってしまうのぉ」

「勘弁してあげてください」


 大所帯を連れ立ってのグルメ探訪にルオーは疲れ気味であった。

次回『旭帯びしは(2)』 「パティシエを呼ぶ準備は万端でぇ」

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