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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
無理が通れば道理が引っ込む
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始まりの(1)

(人が死んだ。今のは誰?)

 彼女が知っているかどうかも定かではない。

(どんな人? 家族はいた? 恋人は? 愛する人にさよならを言う時間はあった? わたしに報いる価値があると思ってくれてた?)


 もう永遠に問い掛けることはできない。爆散したアームドスキンのパイロットはすでに灰も残さず溶け消えている。悔いたミアンドラが家族に渡す遺品が残っているかもわからない。


(必死だったんだと思う。なにかを考えてる暇もなかった。そんな一瞬が人の一生を奪っていくなんて)

 呆けたまま涙が一筋だけ頬を伝っていった。

(こんな現実を放置しては駄目。なにもできないまま震えているだけじゃ、わたしは彼らに報いることなんてできない。せめて、あなたの命は価値があったと思わせてあげたい。そうじゃないと……、やりきれない)


 すっと心が冷えていく。数歩前に出ると指揮官ブースのコンソールに指を添えた。肌身離さず着けているσ(シグマ)・ルーンが彼女の意思を検知して繋げる。

 周囲に次々と戦況パネルを生み出していく。メインパネルを正面に据え、そこで指を踊らせた。ばらばらに迎撃するのが精一杯な友軍機をまとめるべく。


「第一編隊こちらへ。艦橋(ブリッジ)前の敵を排除。そのまま防衛しなさい」

「ミア?」

 ボードルは呆然としている。

「すみません、お父様。わたしに権限をください。皆を生かす権限を」

「しかし、お前は」

「今は時間がありません」


 機能していない指揮系統。艦橋(ブリッジ)に並ぶ通信士(ナビオペ)ブースの彼女たちは担当編隊の位置と周囲の敵の状況を伝えることしかできていない。それでは戦死者を増やすだけである。


「その他の編隊は艦尾方向へ。強引にでも戦列(ライン)を押し出して迎撃しなさい。ルオーが援護してくれます」


 指でアイコンを押し出しつづける。それに従って通信士(ナビオペ)たちは編隊の進む方向を指示できるはずだ。


「左舷、薄い。連動して前に。ヘヴィーファングがいるから合わせて押し出せ」


 言葉を紡ぐほどに頭が冴えていく。周囲がほとんど見えなくなり、意識のマップに各編隊がどう動いているか浮き出すような感じがした。σ・ルーンがそうさせているのだろうと思う。


「艦長、ゲムデクス回頭。艦尾を本星に向けて最大加速。緊急事態につき、四万kmで時空界面突入(ブレイクイン)します。星間管理局に通達」

「りょ、了解」


 淡々と編隊アイコンをドラッグして指を走らせていると小さく通信パネルが開いた。そこには眠そうな顔の青年がいる。


「部隊全体の動きに方向性が出てきたと思ったらあなたでしたか、ミアンドラ様」

 視線は向けないまま微笑みだけで意思を伝えてくる。

「一人でも多く逃がすから手伝って」

「もちろんです」

「どうすればいいの?」

「では、最後の秘策を使ってみます?」


 ルオーの提案にミアンドラは小さく頷いた。


   ◇      ◇      ◇


 ツイングレイブの一端を躱したゾル・カーンが剣先を跳ねさせる。ベルトルデの力場盾(リフレクタ)の下を抜けたブレードをパトリックもすれすれで避けて見せた。


「小綺麗な戦い方しやがって。格好つけてる余裕あんのかよ、ぎゃはは」

「泥臭いのはオレのスタイルじゃないのさ、ふっ」

 軽笑を返す。


 変化しそうな剣筋をツイングレイブのもう一端で叩いて流れを切り、旋回させた一撃を見舞う。ボンボはリフレクタで受け止めるしかない。

 両手使用を強いられるにしても、この回転力は他と比べ物にならない。両端にブレードを形成させるので消耗は激しいものの、白兵戦において無類の攻撃力を誇る。


(対多数でも、こんな厄介な奴相手でも活躍してくれる。扱いの難しさもオレにはなんてことないし)

 出処を見られる隙がないので変化も覚られにくい。


「いいのか? 俺一人に手間取ってたら大事な戦闘艦が沈むぜ、ぎゃはは」

「無理だね。この戦局ならルオーをフリーにしたほうが有利なんだよ、ふっ」


 受けるしかできない一撃を頭上から見舞ったところで左手にビームランチャーを握らせる。がら空きの胴体に筒先を突き付けた。

 堪らず半身になりながらブレードで横ざまに貫こうとしてくるが間に合わない。ビームコートを蒸発させるだけでなく、装甲までも溶解させて光は通り抜けていった。


「真似すんじゃねえ、ぎゃはは!」

「変な語尾キャラ気取っても可愛くないじゃん、ふっ」

 癖を嘲笑する。


 手首にねじりを入れただけでツイングレイブの斬線は変化した。ただし、両手じゃないだけ押し込みが足りない。肘近くをかすめただけで間合いを空けられてしまう。


「すんげえ癇に障る男はそうはいねえ、ぎゃはは」

「嫌ってくれ。男に好かれる趣味はないね、ふっ」


 連射で突き放しつつ、後ろから斬り掛かってきた敵機にツイングレイブを突き入れる。気づいていないと思ったか真っ正直過ぎる。切っ先は見事に鳩尾から背中へと抜けていた。


「パット、そっちに落ちるからよけてくださいよ」

「ああん?」

 ゲムデクスの大破した艦尾ノズルが外れて落ちるところだった。

「彼女を脱がせるとはお前も捨てたもんじゃないな、ルオー?」

「変な例えはやめてくださいね。やってるのはミアンドラ様なんです」

「おっと、そいつは触法行為だぜ。面会くらいは行ってやるよ」


 ゆっくりと脱落する巨大な金属塊の軌道からパトリックはベルトルデを逃がした。

次回『始まりの(2)』 「ええ、脅してます」

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― 新着の感想 ―
更新有り難うございます。 殴るのに痛みを伴わないと、命が更に軽くなるな。
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