鐘を鳴らすは(6)
ノズルへの直撃によって戦闘艦ゲムデクスは推力が落ちている。修理したくとも、戦闘が予想される現状では損害箇所へ人を送れない。推力バランス調整のため他のノズルも出力を下げねばならず、艦は大気圏離脱にいつもの二倍近い時間を費やしていた。
(どこまで耐えられるかなぁ)
ルオーはスクイーズブレイザーキャノンを抱えたままだ。
両アームドスキン隊はビームランチャーを突き付けあって対峙したまま上昇してきている。これほどまでに緊張感を強いられる状況はない。
「退避は進んでます?」
敵軍に直面している艦底部の話である。
「機体格納庫から人は逃がした。今確認させている」
「でも、整備士がいないとパーツ換装もままならないけど」
「近すぎます。艦載機が戻る暇なんてどこにもありません。大破機は戦場を離脱するよう徹底させてください」
後で収容するしかない。
「言うこと聞かないかも」
「蹴り飛ばしてでも放り出してちょ。まともに動かない僚機なんて足を引っ張るだけさ」
「それが現実よ。味方がちゃんと戦えるようにしたかったら、さっさと逃げ出すようにしてくれないと困るかしら」
パトリックやゼフィーリアが告げているのは残酷な話だが真実である。離脱した機は、今は離れている戦闘艇ライジングサンが集めておくと言い添えてミアンドラを納得させる。
「では、始めますので、クアン・ザの一射で戦闘開始の合図と伝えてください」
「周知しよう」
ボードルは冷静だ。
ゲムデクスは惑星ゼオルダイゼの自転に合わせてまっすぐ上昇したのではない。首都ランワサが昼間だったので、そのまま上昇すれば主星側に抜けてしまう。
主星に面した宙域は時空界面の安定度が若干下がるので、仕方なく惑星軌道方向に抜けている。いわば横方面だ。外軌道側に位置していた防衛艦隊はおそらく間に合わない。
(挟撃を避けられたのはマシなほう。でも、首都防衛隊を引き連れたままなのはどうにもならないなぁ)
当初の離脱計画は霧散している。
主星の光に照らされた惑星表面を下に。背負っているのが青空から藍色へ。そして、宇宙の暗闇へと徐々に変わっていく。機体表面温度が下がったことで大気が薄くなったことを知らせる。間もなく宇宙だ。
通信パネル内でも不安げに暗闇の深淵を見上げるミアンドラに父親がヘルメットを被せていた。気休めでも、なにか起こったときに命を守ってくれる大切なもの。欠かしてはならない。
(少ない数で後手は引けない。申し訳ないけど、まったく配慮してあげられない。この位置で大破すればどうなるか自分で確認してね)
ルオーはトリガーボタンを押し込むと思いきり砲身を振った。
円弧を描いた超高収束ビームが追撃部隊を薙ぐ。ほうぼうで赤熱の光が生まれ爆炎が膨らむ。撃破は免れても、推力を失った機体は地表へと落ちていく。反重力端子のお陰で重力に引かれる力は抑えられるが最終的には激突する。運が良ければ助かるかというところ。
「やりやがったな、ぎゃはは」
「来ると思ってましたよ」
現れたのはボンボ・バラーダのゾル・カーンである。スクイーズブレイザーは右手に。反動を使ってスピンしながらスナイプフランカーを左手に掴ませる。ゾル・カーンの狙撃にカウンターショットを当ててプラズマボールを作った。
「ホーコラでの雪辱、果たさしてくれよ、ぎゃはは」
「知りませんよ。いつも仕掛けてくるのはそっちじゃないです?」
紫の光球に隠れてスクイーズブレイザーを背中に格納する。命懸けだとはいえ、思い切りよく放り出していいものではない。ティムニの与えてくれたものは技術的なひと財産なのである。
「進むのに邪魔な石ころは蹴ってよけるだろ、ぎゃはは」
「さて、石ころですむかどうかはあなた次第です」
スパイラルシャッターを開放してフリーにしたスナイプフランカーを振りまわす。次々と襲いくるブレードの斬撃に射線を合わせて弾いた。
「愉快な芸当をしてくれるもんだよな、ぎゃはは」
「笑い死んでくださると助かります」
紫電が舞ってブレードが跳ねる。
「そのねちっこいのはオレに任せとけ。ルオー、お前は全体のフォローをしろ」
「パトリック?」
「絶対にゼフィちゃんを死なせるんじゃないぜ」
「わかりましたよ」
ルオーはボンボのゾル・カーンを無視してゲムデクス艦尾方面へと向かった。
◇ ◇ ◇
ありえない距離で戦闘が行われている。軍学校で見た、どんな記録映像よりも近い。むしろ、コクピットから見る景色に近いのではないかとミアンドラは思った。
(ああ、なんてこと……)
数が多すぎて受け止めきれない。艦橋側にまわり込んでくる敵機が今にもビームランチャーを向けてきそうだ。恐怖で思わず後ずさる。
「こんなにも……」
「覚悟しなさい、ミア。皆が我らのために戦っている。目を逸らしてはならん」
もしものときは一緒だとばかりに父が背中からハグしてくれる。
ブリッジの前に出てきたアームドスキンがブレードを腰だめにして砲口を向けてきた。どうあっても潰すと迫ってくる。
その敵機をザイーデンの一機が横ざまにタックル。さらっていくも、背中にブレードを突き立てられた。さらに数機が集って次々とブレードで斬り刻む。ついには対消滅炉が誘爆、部品が透明金属窓を叩く「コンコン」という音がする。
ミアンドラは目尻が裂けるのではないかと思えるほど開いて直視した。
次回『始まりの(1)』 (わたしに報いる価値があると思ってくれてた?)