鐘を鳴らすは(5)
「このとおり、僕は首都ランワサを一撃で壊滅させることも可能です」
ゼオルダイゼのルビアーノ・デルウォーク大統領は宣告を受ける。相手はあのモスグリーンのアームドスキンのパイロットだ。軌道に乗りつつあった経済発展をことごとく潰してくれた憎き『ライジングサン』のメンバーである。
「それがどうした?」
高を括る。
「地上、ましてや都市への砲撃は民間人虐殺行為として星間法でも禁止されておる。貴様は自らの未来を犠牲にしてでも撃つか? できまい」
「そう思います?」
「他になにがある」
平板な物言いが気に掛かる。
「実績のある民間軍事会社『ライジングサン』所属のルオー・ニックルが実行する防衛行動の正当性が疑われると思います? 今は警護対象者の尊厳が侵害されつつある状況です。さっき、投降するか討ち死にするかと言ったのはあなたですよ?」
「む……」
「ましてや、業務上の入域行動中だったのは記録に残っています。さあ、あなたの正当性と僕の正当性、管理局はどちらを認めるでしょうね?」
駆け引きとはわかっている。本当に撃てば、いくら管理局籍を持つ人間でもかなり複雑な立場になるのは否めない。デメリットが大きすぎて二の足を踏む。
「撃ってみろ」
「では」
「ぐぅ」
つい喉の奥が鳴ってしまう。
平気で撃ってきた。都市防御フィールド発生機の二基目がいとも簡単に破壊される。ルオーという男はなんらかの方法でランワサの発生機がある位置を正確に把握していた。
「復旧作業を急いでいたでしょうが無駄です。すでに現在の位置で戦闘行為に及んだだけで流れ弾は容赦なく首都に降ります。大変な被害が出るでしょうね」
「貴様ぁ」
ドスの効いた低い声が出た。
「取引の時間です。とはいえ、あなたはもう我々を逃がすしか手札がありません。身から出た錆と思ってあきらめてもらえます?」
「忘れるな、このルビアーノ・デルウォークに喧嘩を売ったことを」
「嫌でも忘れませんよ。僕は本来小心者なんです」
舳先にアームドスキンを乗せた戦闘艦はルビアーノから遠ざかっていった。
◇ ◇ ◇
「誰が小心者よ、こんな大博打を打っておいて」
緊張感に包まれていたミアンドラでも気の抜ける台詞だった。
「本当ですって」
「とんだ嘘つきね」
「それより……」
回線が切り替わっているアイコンが点滅している。これはクアン・ザとゲムデクス間だけの接触回線であった。
「今のうちにアームドスキンを全て発進させてください。これから撤退戦をしなくてはなりません」
「確かに」
ゼオルダイゼ軍のアームドスキンはゲムデクスが宇宙に上がったあたりで攻撃に転じてくるだろう。流れ弾が都市に落下する危険性が小さくなった時点でだ。運悪く降ってきたときは警察機の力場盾ででも防がせればよくなる。
「状況はちょっと良くなっただけです。ゼオルダイゼの領宙を抜けるまで耐えきらねばなりません」
「うむ、厳しいな」
「できる?」
宇宙に出たとて、すぐに時空界面突入するわけにはいかない。時空界面の動揺で本星に壊滅的打撃を与えてしまう。ガンゴスリは禁止行為により、星間管理局の制裁を覚悟せねばならない。
「やるしかありません。僕の手札もこれまでです」
ルオーも万能ではなかった。
「全員が団結して脱出するしかあるまいな。訓練目的の新兵も少なくない体制だが、過酷な初陣を経験させることになってしまった」
「皆ガンゴスリの戦士です。覚悟あるものと考えましょう」
「お前にも見せたくないようなものを見せる羽目になってしまったな」
首を振って見せる。
(正直、怖いなんてものじゃないの。ゼオルダイゼのアームドスキンが雲霞の如く集ってきてる。こんなの相手に逃げきれる?)
それでも怯えや涙を見せていい立場ではない。
退路側の機体は道を開ける。大気圏を離脱するならさせろという命令なのであろう。艦底部側へと集中した。クアン・ザも合図して下面へと位置を移す。
「逃げられると思いますか、お父様?」
「わからぬ。私も現場でこれほど厳しい場面に遭遇した経験がない。皆が誇りあるガンゴスリ軍人であることを願おう」
「ルオーたちもいます。きっと……」
断言はできないミアンドラであった。
◇ ◇ ◇
ルオーがクアン・ザで下に降りるとベルトルデとヘヴィーファングが両手にビームランチャーを構えた状態でにらめっこしている。艦底の発進スロットからもアームドスキンが全機放出されている最中であった。
「逃げられると思うか?」
近寄ってきたザイーデンからはエスメリアの声がする。
「逃がしてはくれないでしょう。でも、逃げますよ」
「貴殿がそれを撃って、ゼオルダイゼに思い知らせてくれれば始末はつきそうなものだ」
「ポーズです。実際には撃てません。エスメリア様は想像しにくいかもしれませんが、あそこにも善人もいれば悪人もいるのです。十把一絡げに死なせていい理由にはなりません。内心、効率的だとは思うんですけどね」
物理的にも精神的にも効果は大だ。
「怖いです?」
「怖い。奴らのビームが当たれば私は死ぬ。このビームランチャーから放たれたビームが当たれば奴らも死ぬ」
「そう思えるなら、あなたは立派な指揮官になれます」
パトリックに「守ってあげるから大丈夫さ」と言われ、エスメリアは「そなたは呑気だな」と応じている。本当は指の震えが治まらないだろうに。死なせていい人ではない。
ルオーは距離を測りつつ視線を走らせた。
次回『鐘を鳴らすは(6)』 「さて、石ころですむかどうかはあなた次第です」