鐘を鳴らすは(3)
男は自然な動きに紛れるようにアームドスキンを前方の友軍機に接触させる。電波通信、レーザー通信ともにカットし、接触回線のみでこっそりと話し掛けた。
「あーあ、このままじゃ逃げられちまうな」
異国の戦闘艦は友軍の包囲を受けながらも離脱をしようとしている。
「首都の上空まで入り込まれて勝手をした挙げ句逃げられちまうとかよ、ガンゴスリの連中、ゼオルダイゼのパイロットは腰抜けだって笑ってやがるぜ。なあ、そうだろう?」
その耳に毒を流し込む。答えはなくとも、呼吸が荒くなっていくのを微かに感じて効いているのを実感する。
「俺が奴らの立場だったら間違いなく笑っちまう。だってその気になりゃ、首都を更地にまで焼くのも簡単だったろ?」
毒は耳から頭へと巡っていく。
「そこで暮らす人間のことなんて知ったこっちゃない。知りもしない一般人のことなんて誰が思いやるかよ。それがお前も知らない大多数でも、お前の友人知人でも、お前の大切な恋人や家族だってよ。消し炭になったって痛くも痒くもねえ」
今回もぎりぎりの状態だった。侵攻を意図したものであれば最大限のダメージを与えられたのだ。指揮系統を消し飛ばされた軍は満足な反撃もできずに逃走を許すだろう。
「奴らは何度でも同じことができると思ってるぜ。今回も成功したんだからよ」
毒は全身にまわって、理性までも麻痺させていく。
「言ってるだろうな、ゼオルダイゼの腰抜けどもなんざ怖くもねえ。いつでも叩き潰してやるってな。笑いながらお前の戦友の命まで奪ってく。無情なもんだろ? 星間法が戒めていようが、ビームを喰らったら誰も生きていられない。やったもん勝ちだ」
怒りと恐怖と悪意がパイロットを責めさいなんでいく。危険なので意識スイッチに割り振られていない火器管制セレクトレバーをクリックして解除してしまう。
「撃てよ」
最後の毒を忍び込ませる。
「撃たなきゃ撃たれる。戦場の道理だろ? ここを戦場にしたのはどいつだ? 奴らじゃねえか。痛い目に遭わしとかなきゃ地獄を見るのはどっちだ? お前だ、ぎゃはは」
痙攣する指がトリガーボタンへと動く。ほんのわずかなストロークが無限に長く感じられるのは、最後に残ったひと欠片の理性が邪魔したからか。しかし、その一線を激情が越えさせてしまった。
「ああああぁー!」
ビームランチャーから発射された光条が敵戦闘艦の尾部に直撃する。プラズマブラストノズルの一つを破壊し、中から誘爆の光を覗かせた。
「死ね死ね死ねぇー! 二度と来るなぁー!」
僚機が制止しようと集まってくる。ビームランチャーを向けられても彼は止まらず、羽交い締めにされてようやくトリガーボタンを押し込むのをやめた。
彼の放ったビームの二射目が装甲を舐めて溶かしていたが、三射目以降は紫の干渉光を残して霧散している。
「なにをやっている! 戦闘の意思を示さないよう防御フィールドを切っていた戦闘艦に至近距離から発砲するとはなにごとか! こちらの落ち度を問われるんだぞ!」
「え……、は……?」
発砲した機体からすでに距離を取っていた男はほくそ笑んだ。
◇ ◇ ◇
「撃たれた? なんてことをするんです?」
ルオーは仰天する。
「知るか。群れの中にゾル・カーンがいたから、露骨に正体現してくるなって思ってたらいきなりさ」
「ティムニ、ライジングサン急速離脱! 火器ロックを解除して任意に防衛行動! ミアンドラ様、被害報告!」
「調べてる……、艦尾4番ノズルが全損。推力68%まで低下。離脱速度上げ! バランス調整急いで!」
ゲムデクスの艦橋はパニックと化していた。どうにか他の任務のない少女に現状を聞くことしかできない。ティムニが気を利かせて被弾時の映像を転送してきてくれた。
(ビームランチャーを向けてるのまでは仕方ない。戦闘艦で入り込まれている)
これまでもずっと砲口を突き付け合っていたのだから。
(予告なしで突然撃ってるね。発砲許可降りてた? 違うね。周囲の僚機が取り押さえに行ってる。事故とはいえないけど、指揮官の意図したものじゃない)
衝突を目論んだ第三者の干渉は考えられない。アームドスキンのメインシステムは、基本的に通信系とは切り離されている。接続しているσ・ルーンからの命令しか受け付けない。ハッキングで発砲させるなど不可能だ。
(照準も甘い。緊張の度合いが限界を越えてしまって思わず、とか?)
普通の精神状態ではあり得ない。
(そんなていどのパイロットが現場にいる? いや、ゼオルダイゼだって軍備を拡大させているだけで、ここ五十年以上は戦争を経験してない。実戦を知ってるパイロットのほうが少ないか)
「閣下、これでもいささか刺激が強すぎたようです。どう収束するかは僕の権限の範囲を逸脱するので申しませんが、穏便に収める道をあきらめる状況ではないかと?」
「そうだな。まずは話してみよう」
「警護の失敗はのちほど謝罪いたしますので、決して早まらないよう周知をお願いします」
(しまったな。ゲムデクス乗員を安心させようと上部甲板に移動したのが間違いだった。僕が下にいればカウンターショットで被弾を防げたのに)
戦力の厚い下方を選ばなかったのは事態を甘く見すぎた判断ミスだ。
暴発の連鎖が最悪の事態に至らないようルオーは願うのだった。
次回『鐘を鳴らすは(4)』 「貴殿のそれは敵しか生まんぞ?」