鐘を鳴らすは(2)
敵意が射線の光となってクアン・ザのボディに突き刺さる。数十にもおよぶ光が実体を伴うことは今のところない。撃てないからだ。撃てば星間管理局との対立になる。
(いたくプライドを傷つけてるだろうねぇ。でも、誰も自分が国を傾けるかもしれないほどの火種になりたいとは思わない。葛藤に負けない理性を保ってほしいもんだけど?)
自分たちの行動の原因が外交上の失態によるものだと気づいてさえいないかもしれない。強権の横行する世界にひたっていると、それが常識になってしまう。搾取する側はそれが当たり前になり、自身の間違いだとも感じられなくなってしまうものだ。
(業が深いねぇ。せめてもの救いは、戦火が民間人に及びにくくなっている点だけ。実現してるのは、星間管理局とアームドスキンという兵器のお陰だけれども)
単機で都市を滅ぼせるほどの兵器である。強力がゆえに、アームドスキンにはアームドスキンでしか対抗できない。被害の拡大を戒められればアームドスキン同士の戦闘の場は限定され、自然と縛りの少ない宇宙へと移っていく。
(それさえも、人から厭戦気分を失わせる一因になっちゃってる。お金は掛かるけど文明のリソースは奪われにくくなった。兵器は補充の必要があっても生産力が低下することはない)
都市が壊滅的打撃を受けることは少なくなった。
(戦争に対するハードルが下がってしまっている。それで誰が得をするんだろうねぇ? 兵器産業? いや、きっと一番得をしているのは為政者だろうなぁ。ガス抜きをしやすい。この仕組みは人間の闘争本能を消化するようにできてる)
誰の仕掛けた絡繰りだろうか。ルオーの頭にはクルクルと踊るアバターの姿が浮かぶ。彼女とその同類たちが戦争をさせたがっているとしたら?
それでなにが変わるのか。蓄積した不満は大乱へと繋がる。長引く戦争は人をどんどん残酷にさせる。定期的なガス抜きが人類のリソースを保つ最も有効な手段かもしれない。
(平和は大切だけれども、人を最も退屈させるのも平和なのかもしれないねぇ。退屈した人間は秩序を乱したくなるものだし)
テロリズムだったり様々な形で表面化する。
(彼女たちがコントロールしたがってるのは戦争そのものじゃなく、人間の本能なんだとしたら?)
実に皮肉な思考に至ってしまう。無数の砲口が向けられている緊張感がそうさせているのだろうか。
「アームドスキン『ザイーデン』投下」
そんな命令がルオーの耳にも届く。
反重力端子出力は重量ゼロのまま、クアン・ザを下に加速させる。掛かる負荷は大きいが咄嗟の機動はしやすい状態をキープ。軋みで負担を訴える身体に我慢を強いて人員の収容をフォローする。
「急げ。あまり時間を掛けたくない」
その声に意識が反応してバックモニタが滑ってくる。
「エスメリア様?」
「すまない。アームドスキンに乗ったこともない政府の人間だ。手間は否めない」
「構いません。あなたも早く戻ってください」
怯えの隠せない生身の人間を手の平に乗せて持ち上げる。コクピットに引き入れ、サブシートに座らせてロックバーを掛ける。そんなところまで補助してやらなくてはならない。
「収容完了。上がるぞ」
「続く」
二機のザイーデンが戦闘艦ゲムデクスにぶつからんばかりのスピードで上昇し、開放した下部ハッチの中へ背中から飛び込んでいく。不慣れな大使や警護官は堪ったものではなかろうが命あっての物種だ。
「収容を確認しました。離脱します」
二人に呼び掛ける。
「順調ね」
「今のところは」
「ピリピリするよん。こいつら、トリガーに掛けた指が痙攣してんじゃね?」
ゲムデクスが上昇を始める。ライジングサンは、今度は艦底部に位置して離脱のサポートだ。
「問題ございませんか?」
もう一度管理局ビルに繋げる。
「はい、問題が解消したので立ち寄る予定を変更してこのまま離脱します。お手数掛けてしまってすみませんでした」
「いえ、当管制部はいつでもあなたの来訪を歓迎いたします。またお越しくださいませ」
「お礼はまたの機会に。それでは失礼します」
(高くつきそうだなぁ)
管理局チェックマーク付きの依頼を増やさないといけなさそうだ。
戦闘艦は緩やかに回頭しつつ首都から離れる方向へと進む。ライジングサンもイエローグリーンの船体を艦底に張り付かせるように移動。ルオーはクアン・ザをその後ろに付け、ベルトルデやヘヴィーファングと合流する。
「寂しかったよん」
パトリックはゼフィーリアへとわずかに寄る。
「君に夢中な人はいくらでもいるわ。今だって彼らの視線を釘付けかしら」
「彼ら! 彼らは勘弁してちょ。あんな鬼気迫る空気で迫られたら引くじゃん」
「あら、君好みの誰かが混じっているかもしれないのに?」
神経の図太さではいい勝負である。
「嫉妬かい? ゼフィちゃんより魅力的な人なんてそうはいないさ」
「つれなくすると意地悪したくなるかもよ?」
「そんな度胸があるかな? さすがのオレちゃんも手加減してやれる状況じゃないぜ」
ゼオルダイゼのアームドスキン部隊はゲムデクスを押し包んだまま上昇する。刺激しないよう速度は控え気味。下は二人に任せて彼は艦橋前方へと上がってそこに立つ。
「首都上空離脱まで二分よ、ルオー」
「普通に考えればこのまま逃がしてくれるんでしょうけどね、ミアンドラ様」
「わからない。息詰まりそう」
ルオーはいつでもカウンターショットを放てるようスナイプフランカーを構えた。
次回『鐘を鳴らすは(3)』 「撃たなきゃ撃たれる。戦場の道理だろ?」