鐘を鳴らすは(1)
ゼオルダイゼのルビアーノ・デルウォーク大統領の元へ届いた報告は、足留めしていた大使を救出にガンゴスリの戦闘艦が一隻、地表に向けて降下してきたというもの。そのていどのことで伺いを立てるなと言わんばかりに秘書官を睨む。
「言うまでもなかろう。武器を突き付けて拿捕しろ。人質が増えるだけだ」
秘書官は低い声に縮こまる。
「それが、どうやらガンゴスリの国軍長官が乗っているそうで」
「それがどうした。人質のランクが上がってなんの不都合がある。間抜けな国め」
「しかも、管理局籍を持つ戦闘艇が先導しておりまして、星間管理局より入域許可のある艦艇を通過させるよう要請が来ております」
そこまで聞いてルビアーノは眉をひそめ、「なんだと?」と応じた。
秘書官が示してきた投影パネルには黄緑色の戦闘艇に続いて大型戦闘艦が首都ランワサ上空を悠々と進んでくる姿だった。周囲をアームドスキンが取り巻いているものの手出しはできない。星間管理局の要請に従わなければ、しかるべき措置が講じられる。
「此奴は!」
戦闘艇のボディには旭日のエンブレムと『ライジングサン』のロゴ。
「ライジングサン! どの面下げて我が本拠地に!」
「当該艦の警護任務中なのだそうです。業務につき通行すると」
「そんな嘘がまかり通ると思ってるのか。手を組んでいるに決まっている」
秘書官とて理解しているが、対処のしようもなく彼のところまで話が来てしまったという。二隻は軍のアームドスキンの包囲を受けたまま通行中。戦闘艇の周囲には憎きアームドスキン三機の姿もある。
「無理にでも取り返すつもりだな。ガンゴスリの大使は?」
「大使館周辺は固めているので中にいるものかと。しかし、逃亡せぬよう配置している人員ではアームドスキンの行動を阻止できません」
「ぐ……」
「どういたしますか?」
訊かれても、答えようもないほど理論武装までしている相手にルビアーノは下唇を噛んだ。
◇ ◇ ◇
「機体まで更新しているとは思っていなかったな」
ミアンドラは父親の言葉に頷く。
「ルオーのが『クアン・ザ』、パトリックのが『ベルトルデ』ですって、お父様。あの女性のアームドスキンは?」
「ヘヴィーファングだそうだ。管理局兵器廠の最新タイプだぞ?」
「専用機に最新鋭機ってライジングサンはどういう武装してるの?」
それくらいでなくては軍事強国相手に喧嘩を売れないといえばそれまでである。ただし、なんらかのバックボーンがなければ備えられない機材だが。
「ゼフィーリア・マクレガーという女性なのだが」
ボードルが言及する。
「すごい美人。パトリックは首ったけみたい」
「あれはそんな生易しいものではない。見たところ、管理局情報部の……」
「エージェント?」
思わず声をひそめると父は首肯する。
「我らに知り得ぬ事態が進行していると思われる。近隣宙区の首脳陣が注目している以上にルオー君たちは渦中にあるらしい」
「あの強さは異常だもの。お父様に言うまでもないと思うけど」
「あいかわらず、取っ掛かりはどんぶり勘定だがね」
事に及べば繊細な戦術を練ってくる。しかし、取り組むか否かはひどく気まぐれに感じる。風の吹くまま気に向くまま、宇宙を飛びまわっているように思えた。
「わたし、ルオーに気に入られて幸運だったのよね?」
「うむ、ミアの才覚が招いたものであろう」
最近は富に父親と打ち解けて言葉遣いも親しいものになっている。昔はお飾りのように扱われていたので、当てつけのように姫然とした口調で接していた。
ボードルに認められて将来性を買われた以上、どんな成果でも自分のものと思えるようになった。いじけた過去など捨て去ったのだ。
「彼がお前に求めているのは指揮官の才覚ではないようだがね」
以前、目指すべきは政治家だと言われた。
「まだわからないわ、わたしに人を使う才覚があるのかないのか。ルオーの理想に近づきたいとは思うの」
「まずは自らを確かめてみるがいい。指揮官の延長が為政者の姿と言えんこともない」
「はい、頑張ってみます。努力していれば彼はわたしを見ていてくれると思うから」
ルオーが望んでいるのはガンゴスリの安定だろう。意図するのはレジット人の居場所である。家族のようなクーファに帰るところを作ってあげようとしている。
「間もなく大使館上空に差し掛かります、閣下」
報告がある。
「速度はリンク状態のまま進め」
「救出を命じられた機が発進許可を求めています」
「ぎりぎりで落とせ。速やかに収容と帰投を命じろ」
通信士が伝えている。
「まさか、彼女が志願するとはな。確かにパイロットスキルは専業パイロット顔負けではあるが」
「エスメリア? きっとルオーにいいところ見せたいんだわ」
「お前と同じだろう」
そう言われて顔が熱くなる。紅潮していることだろう。寝ぼけた顔をして罪な男である。パトリックとは違う意味で女をその気にさせるのだから。
「大使館手前100m。アームドスキン『ザイーデン』投下」
クアン・ザもすとんと下へと降りた。
「着地後、すぐさま収容作業に移ります」
「警戒、厳に」
「右舷、動きがある。注意!」
目の端にアームドスキンの挙動が映って思わず声にした。
「パトリック!」
「見えてるよーん。あんなの、筒先一つでダウンさ」
「気をつけてよね」
ミアンドラは全身が神経になったように敏感になっていた。
次回『鐘を鳴らすは(2)』 「つれなくすると意地悪したくなるかもよ?」