思わぬ場所で(5)
ブリーフィングを終えてライジングサンに戻るルオーたち。直結通路を繋げたままで時空界面突入は不可能だ。これよりは戦闘艦ゲムデクスとディープリンクを維持しつつの作戦行動となる。
「話は本当だったか!」
パスウェイをくぐる前に声高に近づいてくる人物がいる。
「エスメリア様?」
「ライジングサンが接続したと噂を聞いて飛んできた。久しいな」
「ええ、ご無沙汰しております」
意外な相手だった。まさか、ロワウス派閥以外の軍人が乗艦しているとは思ってもいなかったのだ。
彼女はエスメリア・カーデル。カーデル派閥でも有望中の有望な指揮官候補である。ルオーが参加した国軍観兵試合でもミアンドラチームと激闘を演じた仲であった。
「どうして、カーデル派閥の姫ともあろう方がこちらに?」
不思議に思う。
「なにを言う。私とて軍学校を卒業したばかりの新兵だぞ。配属に文句を言える立場などではない」
「軍学校在籍中、観兵試合で四度も覇を唱えた指揮官候補生筆頭がです?」
「まだまだ現場では役立たずだ。勉強させてもらっている」
おそらく、カーデルの当主がねじ込んだ配属だろう。当然将来を見据え、最も有意義な経験を積ませるための配慮だ。
「事情は聞いている。パイロットルームもいささか緊張した様子だ」
声を抑えて教えてくれる。
「まあ、実戦経験者も多いとはいえないでしょうし」
「ほぼ皆無だ。そこへこの事態だからな。しかし、貴殿が助力してくれるなら案じることもないな」
「信頼しすぎるのやめてもらえます?」
ランデブー以降、幾度となく掛けられるプレッシャーに辟易する。彼もゼオルダイゼなどという背景の掴めない国を相手に喧嘩などしたくないのに。
「とりあえず接続解除したら目的地に跳びます。エスメリア様に出動が掛かるとも思えませんので落ち着いていらしてください」
少しは顔がほころぶ。
「ああ、任務がすんだら私室に招待する。本国より持ち込んだとびっきりをご馳走しよう」
「それは楽しみですね。ご相伴に預かります」
「約束だぞ?」
ルオーはエスメリアの見送りで直結通路をくぐった。
◇ ◇ ◇
ゼオルダイゼ近傍の公宙に時空間復帰した二隻は通常航行で本星に接近する。半日の工程を消化しつつ、ボードル国軍長官はアクセスを試みた。
「こちら、ガンゴスリ所属戦闘艦ゲムデクスである。私は国軍長官を拝命しているボードル・ロワウスだ。貴国に滞在中の我が国の大使および警護官三名を帰国の途につかせるよう任じられている」
雄弁に説く。
「ついては、貴国への進入および当該人物の収容許可を求める。如何か?」
「進入は許可されない。貴艦が航行しているのは我が国の領宙である。速やかに退去されたし。以上」
「退去はできない。貴国への邦人の返還を要請する」
丁寧な口喧嘩のようなものだ。
「当該人物が出国を求めているという記録はない。本国にて確認されたし」
「すでに確認済みである。収容を求む」
「それ以上の接近は我が国への攻撃意思と認める。軍事的対処も辞さないと思っていただきたい。如何に?」
当初の予想どおり、邦人を返すつもりはないのだ。こちらが折れないかぎりは様々な理由をつけて出国を阻止する。程度の低い人質外交である。
「くり返し、邦人の返還を求む」
「接近は認められない」
無為な終わりなき応酬に閉口しつつ、ボードルはライジングサンに合図した。
◇ ◇ ◇
「こちら、管理局籍保有戦闘艇ライジングサンです」
管理局ビルに問い掛ける。
珍しくも、しばらく間を置いて通信パネルに見事な笑顔を浮かべた美人が現れる。ルオーは星間管理局の人材選定基準に疑問を挟まざるを得ない。今は追及すべきときではないが。
「ルオー・ニックルです。ゼオルダイゼ管轄の管理局ビルへの入域を希望します」
相手の笑顔は深まるばかり。
「承知いたしました。どうぞそのまま進入してください。当該国への通知はこちらで行います」
「業務上の随伴艦一隻があります。よろしいでしょうか?」
「承りました。部隊による警護が必要でしょうか?」
物わかりが良すぎて冷や汗が出る。
「いえ、必要以上の刺激は避けたいと思っています。用がすんだら、もしかして、そちらまで到達しないうちに退去となる可能性もありますので、お手を煩わせるまでもないかと」
「はい。では、安全な航行を希望いたします。応援が必要であればいつでもお申し付けください」
「ご配慮感謝します」
申請はそれでお終いである。切れる前にゼフィーリアが小さく手を挙げて指を揺らしていた。つまり、今の相手も情報部エージェントで知り合いという意味。接続に間があったのは、発信者確認後に部署への転送手続きのためだったと思われる。
「じゃあ、出ますか」
普通に通してくれるわけもない。
「二人で両舷を担当してもらえます?」
「了解だ。ゼフィちゃん、どっちがいい? オレちゃん的には同じとこがいい」
「両舷って言ってるでしょ? クアン・ザを前に立ててベルトルデが右、わたしのヘヴィーファングが左。OK?」
「寂しいじゃん」
緊張感の欠片もなく平常運転の相方のあとに続いてルオーは機体格納庫へと降りた。
次回『鐘を鳴らすは(1)』 「ライジングサン! どの面下げて我が本拠地に!」