表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
油断するとつけ込まれる
29/354

幸か不幸か(5)

 クーファの赤茶色の毛皮に覆われた三角耳が細かく震えている。怯えを感じて、ルオーは眠そうな目をもっと細めた。


「知ってるんですか?」

 そっと尋ねる。

「わかるぅ」

「薬でなくて、毒とも違うんですよね?」

「毒みたいなものぉ。逃れられない人を最後には殺しちゃうのぉ」


(麻薬か。いつまで経っても人はその魅力からは逃れられないんだなぁ)

 苦い思いが胸に宿る。


「君は医薬品のプロでしたよね。目視でなら証明できます?」

 確認する。

「機器があれば確実だけどぉ」

「知識だけでは難しいですか」

「どちらかといえば詳しいほうでも証明するとなると無理ぃ。医薬品に通じたクゥたちレジット人にもぉ」

 少し迷うが確認が必要だ。

「失礼だと思いますが、この場で君の種族の特徴や文化を調べてもいいですか?」

「いいよぉ」


 あまり面と向かってすることではないので予め断る。依頼をチェックしていたコンソールスティックを使ってクーファの種族「レジット人」を調べる。


(意外と最近加盟した人種なんだ)


 外縁宙域のその外でわずか六年前にコンタクトが行われている。見た目のとおり獣人種(ゾアントピテクス)に分類された。人類種(サピエンテクス)から少しでも外れる特徴を持つとそう判断されるので不思議なことではない。


(そのわりに文明程度が高い気がする)

 クーファのような若い世代だからかと思う。


 ところが資料を読み進めていくと事情が違うとわかる。若いから星間銀河圏の文明レベルに早く馴染んだのではなく、彼らは元々かなり高いレベルの文明を持っていたそうだ。


(極端に人口が少ない状態で文明レベルをどうにか維持してきたのかぁ)


 星間管理局がコンタクトを判断するのは、基本的に自惑星を離れて星系内での活動を研究レベルではなく産業レベルで行えるか否かである。そういう生活に慣れていれば星々を渡る星間文明とも交流可能と断じられる。

 ただし、その文明レベルを持とうとすると、どうしても高いインフラも必要になる。そのインフラを設置し維持するには相応のマンパワーが不可欠になる。レジット文明は星間航行可能レベルの文明を持ちながら人口が少ないがゆえに維持するのが限界だったのだ。


「人口の推移が極端に低いのはどうしてなんでしょう。失礼ですが、種として繁殖力が低いとかですか?」

 歴史の不可思議な点を指摘する。

「ううん、クゥたちの出産率はそんなに低くないのぉ。平均出生率もひと家庭でだいたい12前後だから低くはないはずぅ」

「むしろ極端に高いですけど」

「平均寿命が二百歳くらいだからぁ」

 人類種の二倍近い数字に驚きを隠せない。

「なるほど、期間が長い分、子どもを授かる機会も増えるわけですね。それなのに人口は増えない」

「レジットだと新生児死亡率がすっごく高くてぇ。三歳まで育つ子どもが十人に一人くらいだったからぁ」

「ずいぶん極端ですね」


 単純計算で出生率が1.2と同じになる。それは人口が徐々に減少していく数値だ。様々な要素が絡み、人口を維持する対策にリソースを割けばどうにか滅亡への道を回避できるだろう。


「低い新生児生存率ですか。それは環境の所為で?」

 遺伝的なものも考えられなくもないが、影響しやすい要素は環境である。

「うん、体質に合わない環境が災いして、風土病がすっごいのぉ。ある程度育てば抵抗力も上がってくるけど、どうしても新生児から三歳くらいまでは抵抗力足りなくて病気に罹りやすくてぇ」

「そうか。そんな環境だから医薬品にも通じてるんですね?」

「一生懸命対策した結果なのぉ」

 なんとなく理解できてきた。

「難しい選択ですね。星間航行技術は持っていたとありますが、別の惑星に移住する、もしくは星系内での移住や宇宙生活は考慮しなかったんでしょうか?」

「なんだか、惑星の上に住むべきだみたいな常識が強くてぇ」

「そういう気持ちが強い人も少なくないですね」


 主義、思想的な問題になる。主に指導的立場の年配が捕らわれやすい考えであるがゆえに全体が硬直した行動になってしまいがちだ。良くも悪くも作用して、大きな変容から種の絶滅を防ぐこともあるが、長いスパンでの衰退を容認してしまう場合もある。


「なんとか繋いで細々と暮らしていたところに星間管理局の使者が来て、上の人たちも重い腰を上げてぇ」

「少しは違った未来を描けるようになったところなんですね?」


 星間管理局の手法として、各種族の文化というのは尊重する。星間法上は際どい風習であっても黙認する形で。ただし、開けた交流を求め、自発的に人的交流も促進するのが星間銀河圏の基本的様式だ。


「星間銀河圏進出の足掛かりとして生まれたのが風土病を克服してきた薬学知識でぇ、レジット製薬を創業して幾つもの惑星(ほし)に薬局を設けたところなのぉ」

「その一つに立ち寄って僕はこんな羽目に……」

 眉根を揉む。

「なぁにぃ?」

「いえ、なんでもありません。機器を準備すれば従業員の君なら様々な薬の判別ができるという認識でいいですね?」

「できるぅ」


(協力してもらったほうが得策のようだね。引き際が難点だけど)


 ルオーはクーファに同行をお願いした。

次回『レジットの民と(1)』 「わかります!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ