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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
無理が通れば道理が引っ込む
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思わぬ場所で(1)

 あまりに純粋な白い砂浜は恒星の光を浴びて眩しい。サングラスなしではいられないほどなのに、その美しさにただ見つめていたくなる。


(全然違うものに目を奪われてる男もいるけどねぇ)

 ルオーは相方の喜びぶりに閉口する。


 減光アーチルーフの下には惜しげもなく肌をさらした美女が横たわっている。黒髪はサーフシートに薄く広がり、黒い瞳はサングラスの中に隠れていた。扇情的な赤いビキニが、理想的とも思えるプロポーションを彩っている。


「そろそろ日焼け止めを塗り直したほうがいいと思うんだけどさ?」

 パトリックが誘いを掛ける。

「どこの安物使ってるの? 今どきのスキンケア用品なんて濡れようがどうしようが一日もってくれるの当たり前かしら」

「そうだけど、万が一にも君の見事な白い肌にシミの一つも作るわけにはいかないじゃん」

「おあいにく様、わたし、定期的にクリニックで美肌ケアしてるから」

 皮膚に起きる様々な問題を予防する処置を受けているそうだ。

「それより、君は大丈夫? ティムニにお願いしてビームコートでも塗ってもらったらいかが?」

「それなら、どんな日差しにも完璧な防御だね。って、そんなわけあるかい! ゼフィちゃんったら冗談きついんだから」

「あながち冗談でもないのよ。少し固まっててくれない?」


 綺麗な景色に包まれてゆったりと眠りたいところを相方に絡まれて鬱陶しいようだ。手の伸ばして色男の鼻を押し返している。

 しかし、そんな動作一つで彼女の双丘は豊かなうねりを見せる。それが余計にパトリックを釘付けにしてしまっている。


(いつまでやってる気なんだか)

 彼は波打ち際のほうに目を移した。


 そこには黄色い若干大胆な水着で戯れている猫耳娘の姿。クーファの周りには淡褐色の平べったい生物が泳ぎまわっている。


「どうしてボスの言うこと聞けないのぉ」

「ぷぴー?」


 ここは生態系保全惑星ニコルララである。以前、依頼(オーダー)で関わったライジングサンは短期の滞在許可を得られるようになっている。ひと仕事終えて立ち寄った彼らを、特異な形態を保つ現住生物コリトネルが歓迎してくれた。


「クゥ、ボスならボスらしく、みんなに分け与えないといけないんじゃありません?」

 提案してみる。

「そうだったぁ。今日は下僕たちに特別な施しものを用意してきてやったぞぉ?」

「それ、なんの遊びです?」

「この『ラッチネ』というお魚は絶対にここじゃ食べられないんだからぁ」


 保存庫にある貴重な魚の切り身を準備してきていた。メンバーにも大好評の食材である魚を小さく切り刻んでコリトネルたちに手ずから食べさせている。一気に取り巻かれた彼女は、触手でよじ登られ押し包まれてしまった。


「やれやれ、救出がひつようですか」

 ルオーは歩み寄って現住生物の塊から猫耳娘を掘り起こす。

「今日のウサ耳が赤くなかったら見失うところでした」

「危うく窒息死するとこだったぁ」

「大盤振る舞いするからです。ちょっとずつあげないと」


 容器に群がって貪り食べていたコリトネルが突然ピタリと止まった。にわかに日が陰ったかと思うと轟然と雨が降りはじめる。彼らは砂浜に身体を持ち上げて楽しそうに雨を浴びている。


「君たちもシャワーを浴びるんです?」

 妙な生態にルオーは目を瞠る。

『淡水で体表のちっちゃな虫を流してるみたいー。それで粘膜で必要以上に繁殖させないようにしてるんだってー』

「そうでしたか。クゥ、君はあまり雨を浴びてると身体が冷えて風邪を引いてしまいますよ?」

「気持ちいいんだもん」

 ゼフィーリアも軟質樹脂製のアーチルーフから出てきて髪を流している。

「水も滴るいい女ってね!」

「興奮してたら蹴り飛ばされますよ。もしかしたら、膂力なら僕よりあるかもしれません」

「お前、もうちょっと鍛えろよ」


 ルオーも貧弱というわけではない。必要な分の筋肉量はキープしている。他のメンバー、パトリックは意識的に鍛えているし、ゼフィーリアは見た目によらずしっかりと筋肉が付いている。クーファは種族的特質で、筋肉の性能そのものが高いようで力持ちだ。


「スナイパーには不要です」

「いつまで、そうやって誤魔化してられるか」


 パトリックは距離問わずのルオーの戦闘能力を買っている。死に臆病なところがもっと改善されれば、全体の戦力アップになると考えているらしい。


「今くらいでいいんです」

「オレの英雄への道はどうしてくれる」

「それは君の夢でしかないじゃないですか。僕は平凡に生きて寿命を全うできれば満足です」

「許してくれると思うってんのかい?」


 相方はゼフィーリアが雨のシャワーを浴びるさまを眺めている。その視線にいやらしさはない。彼女がルオーを戦場に駆り立てるのではないかと予想しているかのように。


「ままなりません」

「運命を背負って生まれてきた人間の業ってやつか」

 人の望みさえ簡単にねじ曲げてしまうくらいに運命とは残酷なものだ。

「覚悟しとかないといけませんか。苦労なら若いうちにクリアしときたいもんです」

「今さらなに言ってんだよ。お前、ほうぼうで縁を結んできて、それで雁字搦めになってんじゃね?」

「う……、助けたくなっちゃう癖を治さないと逃れられません?」

 がっつりと頷かれた。


(僕的には一生ここで過ごしても悔いはないくらいなんですが)

 降り終えた雨が濡らした身体を甲羅干ししているコリトネルたちを眺める。


 皮肉にも、パトリックの予言した運命はルオーの間近に迫っていた。

次回『思わぬ場所で(2)』 「閣下らしくないんじゃありません?」

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