清らかさ知る(8)
ホーコラの混乱は簡単には収まらない。共生党と組んで国を支配していた外資系企業幹部はこれから熾烈になるであろう攻撃を怖れて脱出を試みる。
ザロたち有志議員からの要請で人権条項違反とされた彼らは星間管理局に水際で出国を阻止される。解放の条件は全ての企業資産の放棄であった。
「衛星軌道プラントも地上プラントも工場もなにも全部ひっくるめて運営企業を募らないといけないのか。あと、没収して委託された資産の国民への分配方法も考えろって? 俺を殺す気か!」
いきなり忙殺されるザロ。
「それもあるけど、まずは初登庁でしょ? もっとしゃんとしなさい」
「そんなん言ったって、こんな正装なんて初めてなんだぞ」
「さっさと慣れて。ずっとなんだから」
すでに尻に敷かれている感がある。
「マジで? 俺、ちょっとだけ後悔してる」
「嫌なら、こういうのを外交の場だけにする議案でも提出したら? 節約できていいんじゃない?」
「それだ!」
前途多難である。ちょっとずつでもいいから、より良く暮らしやすい国にするために残りの人生を費やさねばならない。徐々に覚悟ができてきていた。
「では、お出掛けの前に契約満了のサインをもらえません?」
ルオーが投影パネルを差し出してくる。
「そうだった。忘れてた」
「それなんですけど、今の軌道会には活動資金がありません。議員分の今後の経費だけでいっぱいなんです。どうか、ローンでのお支払いをお願いしてもいいですか」
「いえ、こちらも商売なのでお支払いお願いしますね、ジェーンさん」
請求額を提示する。
「は、いや、こんな子どもの小遣いみたいな金額、あり得ないだろ? お前たち、命懸けで戦ってたし」
「貸しにしときます。都合のいいときに返してください」
「そんな気軽に……。助かる」
ルオーたちは彼にお金がないのは知っている。頭のいい彼なら選挙に勝ってからでも変わらないのは予想していたはずだ。つまり、最初から手助けだけしてくれるつもりで契約を結んだのである。
「絶対に返すからな? 助けがほしいときは必ず声を掛けてくれよ?」
「忘れないようにしときますよ。では」
「もう行くのか?」
「はい、クゥの空腹が限界を迎える前に」
四人は連れ立って去っていった。その名のとおり、清らかな朝日のような人々だ。ホーコラを支配していた我欲の塊みたいな人間もいれば、彼らのような善行を旨として生きる人もいる。
(国民にだって色んなタイプがいるんだろう。俺は全部を併せ呑んで幸せを実現しなきゃなんない)
誓いを新たにザロは見送りの手を振った。
◇ ◇ ◇
「で、あの子と綺麗な別れ方をして出向いた先があたしのとこなのかい?」
ライジングサンは再びヘルガの牧場に着陸していた。
「やっぱり締めはここじゃないです?」
「あたしに訊いても知らないよ。歓迎はするけどさ」
「まずはソフトクリームからなのぉ。今日はコーンも準備してきてぇ」
クーファが得意げに大箱を掲げる。中身は街で仕入れてきたソフトクリームのコーンであった。
「やはり、あの味にサクサク感を加えると輪を掛けて絶品になるはずですので見逃せませんよ」
力説する。
「わかったよ。ザロの坊やが分配金を約束してくれたから困ってないし、思う存分食べていきな」
「これからは経済もまわって引き合いの見学も増えるはずです。残りは置いていきますね」
「悪いねえ。って、幾つあるんだい?」
施設の中に箱を積んでいく。味見ではなく入荷の数であった。それだけあれば当分は困らないはずである。
「今日は食べ放題でお願いします」
「ほんとにこの子らは。待ってな。色々準備してくるから」
「よろしくお願いしますね」
ヘルガに任せて、ルオーはメンバーにソフトクリームを渡していく。まだ話は済んでないのだ。
「で、ゼフィさん、どうなさいます?」
彼女の処遇である。
「どうって言われても、わたしは特に契約してたわけじゃないから」
「今回の働き分はあとでお支払いします。社員契約します?」
「……君の度胸ってどうなってるの?」
正体は割れていると思っているだろう。
「だからってタダ働きさせたら怖いじゃないですか。ちゃんとギャランティを配当できる契約にしてくれません?」
「そうだそうだ。社員になって、ついでに俺の恋人にも……」
「それは遠慮させてくれない?」
撃沈するパトリックを指で突付くクーファを笑顔で眺めるルオーだった。
◇ ◇ ◇
「逃げてきた連中を受け入れろ?」
男は険しい顔つきになる。
「失敗しておいて居場所があると思ってるのか、愚か者どもめ」
デスクに拳を打ち付けると秘書官が縮こまる。その程度で溜飲は下がらない。
「役立たずには役立たずの処遇がある。追って言い渡すからどこかにまとめておけ」
秘書官はほうほうの体で飛び出していった。
「しかも、出し抜かれておいて報告もなしとは無能にもほどがある」
経緯を示した情報パネルには黄緑色の戦闘艇が映っていた。モスグリーンとレモンイエローのパーソナルカラーをしたアームドスキンにも覚えがある。
「また、奴らか」
下唇を噛んだ。
「『ライジングサン』め。絶対に思い知らせてやる」
ゼオルダイゼの大統領は投影パネルに拳を突き刺した。
次はエピソード『無理を通せば道理が引っ込む』『思わぬ場所で(1)』 「ティムニにお願いしてビームコートでも塗ってもらったらいかが?」




