清らかさ知る(7)
選挙はつつがなく実施された。結果は軌道会の大勝である。実に得票数の80%近くを占める異常な勝ち方であった。
ただし、軌道会が立てられた候補者は六名でしかない。有権者推薦で重複の名簿記入ができない制度の所為でそうなる。星間管理局による厳正な選挙監視が仇になった形でもあった。
「道は長いな」
「そうでもありません」
ザロは今後も地道な活動が続くと思っていたようだがルオーは違う。狙っていた環境の地盤となる連絡はすぐ訪れた。
「エルゲン・クルーガー議員から面談の申し入れよ」
「エルゲン先生が? なんだろ。あれっきりにしたから怒ってるかな?」
ザロはジェレーネの報告に戸惑っている。
彼の前に座った民尊党のエルゲンの申し出をルオーは知っている。現実的にはそうするしかないからだ。
「まずは、おめでとう、ザロ・バロウズ議員。これで僕と君は対等だ」
握手を交わす。
「ありがとうございます」
「で、君と縁のある僕から我が民尊党の決定を伝えにやってきた」
「なんですか?」
ザロは戦々恐々としている。
「改選後の議会の首班指名投票で民尊党は一致して君に投票する。だから、今後は我ら民尊党と連立政権を組み、政権運営を担ってほしい」
「え、俺が首班って……、俺が総理ってことですか?」
「そうでなくては国民は納得してくれんだろう」
選挙ではほとんどの有権者が軌道会に投票したが、それでは全体の議員数百四十八名にはまったく届かない。有権者の一部はそう考える。しかし、共生党の候補になど投票する気はない。
その受け皿となったのが民尊党だった。彼らは躍進して百十の議席を確保する。だからとて、与党として政権運営をしようものなら国民の反発を買うのは必至。次の選挙までに力を付けた軌道会に惨敗するのは目に見えている。
(苦肉の策が連立政権。それで少ない支持者を繋ぎ止めるしか生き残る道はないもんなぁ)
軌道会の勢いは止められないと考えた民尊党は軌道会の法案を丸呑みするしかない。さらにいえば、多少の発言権を保持するには連立を軌道会に突っぱねられるわけにもいかない。
最終的に導き出された結論は、ザロを総理に据えて政権運営をする方法だ。彼らは閣僚に入り込むことで次の選挙までにわずかなりとも支持を増しておくのが得策である。
「俺を総理にして民尊党になんの得が?」
絡繰りを理解していない。
「いや、僕としても君の主張に通じるものがあってね。これからのホーコラを良くしたいと思いは一緒なのだ。まずは一致協力して我が国を変えていこうではないか。もちろん、軌道会が提出する法案には賛成する準備がある」
「あれ? エルゲン先生は献金対策に関して俺とは違って、確か全面禁止を主張してませんでした?」
「いやいや、考えを改めてね。君の献金規制法は実に素晴らしい。国家が健全に運営される要素を全て盛り込んである。聡明なる君の主張に感銘を受けた僕は、党に強硬に連立の必要性を説いたんだよ」
(嘘もいいとこだなぁ。本当は議論の末の妥協でしかないはずなのに。「準備がある」なんて玉虫色の言葉がもれ出てくるあたりに本音が見えてる)
ルオーは口元を隠して失笑する。
即断できないザロはルオーを窺いみてくる。彼は頷いて返した。現状はこれが最善策なのだ。当初からの計画に沿っている。国家運営に不可欠な組織力は、現存する民尊党のそれに無料乗りするスタイルである。
「ありがとうございます。どうか幸せな国民生活を実現するために協力お願いします」
今度はザロのほうから握手の手を差し出す。
「きっと理解してくれると思っていたよ、ザロ先生。これからよろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
エルゲンが去ったあと、軌道会の面々は勝利の雄叫びに包まれる。彼らがこれからのホーコラの舵取りをするのだ。早期に演説での公約を実施に移すことができる。
「やったよ、ルオー! 俺が……、俺を支持してくれた人との約束を守ることができる。勝ったんだ」
ハグして肩をバンバン叩かれる。
「ともあれ、おめでとうございます。ですが、頑張るのはこれからですからね?」
「わかってる」
「政権を握ったからといって驕ってはいけませんよ。エルゲン議員のようになってもいけません」
なにを言われたかわからない様子のザロはキョトンとしている。
「ああいうのを『空き樽は音が高い』っていうんです」
「なんだそれ?」
「あのね、考えなしに浅はかな発言をする人ほどよくしゃべるって意味」
ジェレーネに教えられて微妙な面持ちになる新総理。これからは彼女に支えられて為政者らしく成長していくはずだ。彼女なら公私に渡ってザロを支えてくれるだろうから。
「ルオー、お前、演説が多少は上手くなった俺を馬鹿にしてる?」
勘違いも甚だしい。
「違うわ、ザロ。ちゃんと教えてあげるからこっちに来なさい」
「痛て、耳引っ張るなよ、ジェーン!」
「ごめんなさいね、皆さん。今日は楽しんでいってくださいね」
支持者からたくさんのお祝いが届いて今日はパーティーなのだ。
「さて、やっとゆっくりグルメを探せます。クゥ、ここからが戦いですよ?」
「ここではクゥが最強なのぉ。掛かってくるがいいのぉ」
「わたしも参戦させて」
「ちょっと、ゼフィちゃん、そういうタイプ?」
困惑するパトリックを置いてきぼりにしてルオーたちはテーブルを巡った。
次回『清らかさ知る(8)』 「やっぱり締めはここじゃないです?」