清らかさ知る(6)
「てめぇみたいなのと撃ち合いするかよ、ぎゃはは!」
戦闘艇ライジングサンからの連続斉射を躱し、味方のアームドスキンを盾にまでしてゾル・カーンの一機が切り抜けた。クーファの「逃げたぁ」の声を耳にしながらルオーは見定める。
(これはちょっと想定外だったなぁ。もっと具体的に軍事介入してくるか、なすがままにするかと思ったのにねぇ)
ゼオルダイゼの対応を見誤った感がある。
実はこのとき、ゼオルダイゼはホーコラの実情に明確な危機感を抱いていない。それはホーコラ政府が盟主国に正式な報告をしていなかった所為である。旗色の悪さを自ら認めたくなかった閣僚たちが責任逃れに走っていた。それをルオーは知る由もない。
「雑魚はともかく俺を墜とせると思うなよ、ぎゃはは」
加速して迫るゾル・カーン。リフレクタにビームを当てていっても大きくは揺るがない。受けるときは中心付近で、端に当たりそうなら避けるという基本的なことを忠実に実行している。
(いいかげんそうに見えて基本を押さえてる敵は危険。侮ってはいけないねぇ)
狙撃の隙を作るのは難しかった。
いかんせん距離は確実に失われていき、間もなく近接戦闘のの間合いになる。ハンドガンタイプのチャージガンに切り替えても、遮蔽物のない場所での白兵戦では勝ち目はない。相手が腕のいいパイロットだと結果は知れている。
(一発勝負だね)
心に決める。
ストロングスタイルのゾル・カーンは右手にブレードを展開している。左手のビームランチャーが完璧にクアン・ザをポイントしてきた。
「嘗めてんな、ぎゃはは。両手、固定武装に割かれてどうすんだっての。躱せないぜ、ぎゃはは」
リフレクタは間に合わない。ビームを回避すると追い打ちされたブレードを受けるしかない。間違いなく姿勢を崩されてペースを持っていかれる。相手の距離とはそういうこと。
「あきらめたか。墜ちやがれ、ぎゃはは!」
ルオーは避けなかった。ただ、両手のスナイプフランカーを斜め下に向けただけ。そして、ビーム発射時の反動制御の推力を意識的にカットする。
ただでさえ高収束ビームは反動が大きい。発射と同時に機体はバックロールを始めて敵のビームが鼻先を通過する。クアン・ザの一撃はゾル・カーンの両肩を下から薙いで破断した。
「んぎゃ! なんだってー!」
「僕をただのスナイパーと勘違いした油断の結果です」
「冗談じゃないぜ、ぎゃはは」
危険な敵だ。あとが怖い。逃がすのは面白くない結果になりそうなので追い打ちを掛ける。ところが両腕を失ったゾル・カーンは、パージした両脚を盾にしてまで迫るビームを防いで逃げに入る。軽くなった胴体を無理やりジグザグに飛行させて去ってしまった。
「生き意地の汚さは真似したいレベルですね。僕も見習わねばいけません」
深追いするつもりはない。支援が途切れてしまっているからだ。
ルオーは僚機の戦況に意識を振り向けた。
◇ ◇ ◇
ゼフィーリアは包囲の中でヘヴィーファングを振りまわしている。預かったばかりのツイングレイブは状況的に最適の武器だった。十を超える民間軍事会社のアームドスキンがいるのに、逆に大破機を作れている。
(両手を塞がれるのは痛いけど使い方次第。慣れればリフレクタも上手く挟めそうだし、どっちの手にもビームランチャーを持たせられるわね)
ブレードグリップのように持ち替えるのに手間取らない。訓練が必要だが、自然な切り替えが可能だと思えた。
(パトリックのセンスは本物。これは前に出て、敵の的になって引き付ける武器。つまり、フルスキルトリガーの能力を最大限に活かす戦法に最適かしら)
そこまで分析して求めたのだろう。
ツイングレイブは構造的に重い。振りまわし続けるにはパワーが必要だ。おそらく、カシナトルドでは若干足りないと考えていたものと思われる。ベルトルデを手にして、初めて最も効率的な戦法を用いることができたのだ。
(しかも、ヘヴィーファングでも使えると即座に見抜いたのよね)
単なる贔屓目ではない。もし、重さで姿勢がブレるようなパワーしかない機体だったら渡そうとはしなかっただろう。そんな計算もできる男だ。
(注目すべきは彼だけではないと)
出会いが偶然の産物とも思えない二人である。
「ボンボがやられただと?」
「あーあ、あいつを侮るからこういう目に遭うんだぜ?」
「むぅ……」
(ボンボ? もしかしてボンボ・バラーダ? ゼオルダイゼのエース級。しばらく噂を聞かないと思ったらホーコラに派遣されてたの?)
同盟周辺の情報は頭に入っている。
(だとすれば、あれはバラーダブラザーズのビーバ・バラーダ。知らないアームドスキンだったから気づかなかったわ。パトリックの援護に行かなきゃだけど)
逆に援護が来る。裏から飛び出そうとしていた敵機が直撃を受けて爆散した。弟のほうがなんらかの形で戦闘不能になったのは、ルオーがフリーに戻ったという意味。
「お手伝いが必要、パトリック?」
「いやいや、こちらこそさ」
彼女の周囲の敵機は次々と撃破されていき、ビーバのゾル・カーンは後退を余儀なくされる。地表側でなく外軌道に向けて離脱する様子は、ホーコラからの撤退を予想させる。
ゼフィーリアはこれ以上の襲撃はないと判断した。
次回『清らかさ知る(7)』 「君と縁のある僕から我が民尊党の決定を伝えにやってきた」