幸か不幸か(4)
一軒目のカフェテラスから昼食、二軒目のカフェに三軒目とハシゴしていた。時間は十五時を回っている。惑星ダイトラバは一日二十三時間と少しなので、すでに夕方のほうが近い。
(もしかして、このペースで夕食まで突入なのかぁ?)
ルオーはおののいていた。
ご馳走するのは気にならない。クーファに連れられていく店はことごとく美味で、実家に送る便が増える一方になっていた。それは感謝している。
ただ、どこかで振り切らねば終わりのない物語に突入してしまいそうで恐怖する。会話は豊富で思いもしない方向に進んでいくので暇はしないのだが、それだけにペースを取り戻す流れにならない。
(最適な話の転換はなんだろう。やっぱり仕事の話をして忙しさを感じさせるのが一番当たり障りないのかなぁ)
スプーンを口に運んで幸せそうにしている猫耳娘を窺う。
「それ、なにぃ?」
やはり手元を気にしてくる。
「この近辺でのお仕事、依頼のリストです。遊んでばかりもいられませんので」
「戦争するのぉ?」
「いえいえ、とんでもない。ほとんど戦闘に発展することもない護衛とかの仕事ばかりですよ」
一言で彼女の表情の曇りは消える。
「それ、使わないですむぅ?」
「ええ、事業許可をいただいて携行していますが使うことなどあまりありません」
「なんだ。お金無くなったら誰かからもらうのかと思っちゃったぁ」
「誰が物取りですか。人聞きの悪い」
ルオーが脇につけているホルスターのレーザーガンを示す。仕事用でしかないが、吊るして出歩くのがほとんど癖のようになっていた。
「女の子脅かしてお持ち帰りしたりしない?」
小首をかしげて可愛く言っても中身は出鱈目である。
「どうしても僕を監獄送りにしたいんですね?」
「じゃあ、クゥみたいに餌付けしてお持ち帰りぃ?」
「しませんって」
まるで相方のパトリックみたいな言われ方をされたくない。
「しないんだぁ。残念」
「あのですね」
「なにかお仕事があって来たんでもないんだぁ」
「さっきまでの話はなんだったんですか」
会話の流れで彼女からペースを取り戻すのは不可能だと断念する。ため息を一つついてリストをスクロールさせる作業に集中した。
「そんなにいっぱいお仕事あるのぉ?」
放っておく気はなさそうである。
「直接依頼はありませんね。でも、管理局籍の事業許可があるので民間軍事会社向けの依頼ページがあるんです。それを見ています」
「わあ、ルオ、管理局籍もってるのぉ?」
「いいえ、僕個人は家族のいる故郷の惑星の国籍しか持っていませんけど、事業籍と船籍は星間管理局のものです。なので手広くやれてしまうんですよ」
内情まで説明する。
「もう、デ・リオン、出てっちゃう?」
「そうですね。仕事内容によりますが」
「つまんなぃ」
クーファは消沈してしまう。望外に懐かれてしまったらしい。一日デートっぽいことをしていた分だけ少し罪悪感がしてしまう。
「あれ、ちょっと待ってください」
部外者に見せるわけにはいかないマークが付いて遮蔽モードにする。
「仕事が決まりそうです。珍しくもない護衛依頼みたいですけど」
「そうなんだぁ」
「これはどういう……?」
つまらなそうに足をプラプラしている猫耳娘に配慮していられない。
「ティムニ、この護衛対象の貨物船の積荷を調べてください」
『はいはー……』
「ティムニ?」
ピンク髪のアバターが出現するが、そこで絶句して固まる。そんな様子の彼女など初めて見たかもしれない。
『ルオー、この子の……、あのストローを手に入れてー』
彼にしか聞こえない骨伝導でとんでもない指示を受けるが、いつにない真剣な声に静かに頷く。
それからも調べ物を続けた。手持ち無沙汰のクーファが間を嫌うようにお手洗いに向かう。その間に席を立とうとして失敗したフリをして対面席のグラスを倒す。慌てて拾ってアテンダントロボにグラスだけ渡した。席に戻って右手人差し指のセンサーリングをストローに接触させる。
「ただいまぁ」
クーファが戻ってくる。
「ああ、ごめん。君のグラスをこぼしてしまったので処分しました。新しいのを頼んだのですぐに来ます」
「ほんとぉ。やったぁ、また最初からだぁ」
「すみませんね。でも、大丈夫ですか?」
半分以上無くなっていたパフェのデコレーションが元通りで届いた。
「リセットなのぉ」
「お腹もですか」
「もーちろん」
嬉しそうにスプーンを動かしはじめたので心配はなさそうだ。調べ物を続ける。ティムニが積み荷の内容を伝えてきたので確認する。
「医薬品?」
そう表示されていた。
「だったら、なぜ? 貴重品でもないのに? 高額なものもなくはないでしょうが」
「輸出するとか珍しいのぉ。合成品とかはないけど天然素材の薬なら輸出することもあるぅ」
「なるほど。組成しか出てきませんね、いわく付きな感じですけど」
理解できない固有名詞の羅列と元素記号しかないので読めない。
「見てもいぃ?」
「わかります、クーファさん?」
「クゥでいいのぉ」
今度は彼女が固まる。手に置いた手が震えているのが気になって仕方ない。
「これは……、人を駄目にする薬なのぉ」
「なんですって?」
ルオーは青ざめる猫耳娘に驚きの視線を向けた。
次回『幸か不幸か(5)』 「ずいぶん極端ですね」