照らす朝日の(1)
牧場主のヘルガは調子を崩していた子牛の様子を見ている。鼻の乾きも収まってきたし、毛艶も戻ってきたので大丈夫だと診断した。その後ろから演説する男の声が聞こえる。
「俺が言ったみたいにすると税収が落ちて、今も将来も公共設備の保全や福祉が怪しくなるって意見があった」
懸命に話す様子が初々しく映る。
「でも、大丈夫だ。個人からの税収が下がった分は法人からの各種税収で賄える。この前話したみたいに、今までが企業優遇が過ぎる税制だったから個人の税金に頼る部分が多かった。これからはそれを改め、個人法人ともに平等な税制の下……」
訴えには熱さがある。本当に変えねばならないという真摯さがある。自分こそがという覚悟がある。
「応援してあげなきゃねえ」
彼女も重い腰を上げるときのようだ。
「次にこの子たちが来るまでちゃんと牧場を残しといて、あれだけ喜んでくれた乳製品で歓迎してあげないといけないし、それに、先もことも考えられるようになりそうだしねえ。どれどれ? あたしの名前と諸々貸してあげればいいのかい?」
ヘルガはフォームに書き込んで送信アイコンをタップした。
◇ ◇ ◇
すでにメッセージボードは反響というレベルではなくなっている。ある種、お祭りのようだった。
「もう、全部読むの無理だって」
ザロは音を上げた。
「だから、不要だと言ったでしょう。ちゃんとAIが解析集計してくれて意見の大まかな部分は集約してくれます」
「それより、有権者推薦人のところ見て。二万人どころか二十万人越えてる。これだけの人が勇気を出して個人情報使ってくれてもいいって言ってくれてる。すごくない?」
「ザロは二十万人の下僕を得たぁ」
ジェレーネさえ興奮気味で訴えている。
「有権者推薦人っていう特殊な条件でこれだわ。立候補登録を済ませて実際の選挙となったら、この百倍前後は得票できると思っていいかしら」
「マジで?」
「あなたを応援してるというリスクを背負ってまで手を挙げてくださってるんです。個人の特定できない選挙であれば、そのラインは最低数だと考えてもいいです。これでも勝ち目があるかとか悩みます?」
ゼフィーリアの分析とルオーの言葉に動揺する。一時期は打って出て失敗したらジェレーネまで巻き添えにしてしまいそうで悩んだりもしていた。
しかし、明確な得票数まで見えてくると俄然力が湧いてくる。その分、プレッシャーものしかかってくるが。
「問題は選挙管理のほう。オンラインの集計でも、最初に国民登録コードの入力求められるし、現政権はそこさえ握ってると思われるんだけど?」
ジェレーネが懸念点を挙げる。
「改竄まで行われる可能性もありますね。でも、次はそうはまいりません」
「権力構造の中に組み込まれてるのに?」
「星間管理局の人権保護課に申請を行いました。管理局の監視下での選挙となります」
ルオーが説明する。
「そんな制度があるの?」
「ええ、あまり知られていませんが存在します。なにせ、選挙は個人の人権の基本的な部分に当たります。きちんと保証されているか監視してくれますよ。ただし、申請が必要ですけどね」
ルオー曰く、選挙制度も文化的背景が多分に影響する。ゆえに、必要以上の干渉は避けるほうに働いている。ただし、加盟国民からの要請があれば別だ。星間管理局は政府に勧告を行い、正当性を担保すべく確実に介入をするという。
「よくそんなの知ってるな?」
ルオーの博識に感嘆する。
「徹底的に隅々まで調べたんですよ。あまり大きな相手だと仕事を請けるときに、ほんとに信頼できるのかどうか確認しないと怖ろしいんです。僕たちみたいな零細は一溜りもありませんので」
「それでもすごくない?」
「ええ、あまりに多岐に渡るので泣きそうになりました」
しおれるルオーをクーファが慰めている。
「ジェレーネさんのお名前を借りて申請したのでホーコラの問題として扱われます」
「昨日の申請書? あれってそうだったの? 忙しくて読まずに記入したじゃない。大事な書類のときは言って」
「すみません」
ジェレーネも今やルオーやゼフィーリアの頼み事だと無条件で実行するようになっている。そのくらいにはライジングサンメンバーを信用している様子だった。
「このタイプの問題は制度的にクリアできるので楽なんです」
さらりと流す。
「面倒なのは、これから増えてくるだろう妨害工作のほうですね。手段が多いだけに臨機応変な対処を求められます」
「妨害工作って……、これ以上手間を掛けさせないで。パンクしちゃう」
「そっちは主に僕とゼフィさんでどうにかするつもりです。ジェーンさんはザロさんの公約演説のほうに注力してください」
目を回しそうな参謀役をフォローしている。
「ザロさんはとにかく隙を作らないよう頑張ってくださればいいです」
「色んなのあるかも。ハニートラップとかハニートラップとかハニートラップとか」
「全部一緒じゃんか!」
「そのくらい常套手段だってこと。女性人気を落とすのに最適だし」
「最低」
ジェレーネの反感まで買ってしまった。余計なことを言うなとゼフィーリアを睨む。
「ほら、来ましたよ」
通信パネルが開く。
「ザロ・バロウズさんだね。こちらは首都警察だ。君にアームドスキン違法運用の容疑が掛かっている。署まで出頭したまえ」
「違法運用? そんなの記憶にないけど」
「皆がそう言うんだ。心当たりがないなら出頭して弁明しなさい」
ザロは頭が混乱した。
次回『照らす朝日の(2)』 「通常手続きです。そうですよね?」