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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
油断するとつけ込まれる
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幸か不幸か(3)

 クーファ・ロンロンと名乗った女性が隣を歩いている。並んでみると身長は頭一つは小さい。ルオーの顎あたりである。彼も決して大きいほうではなく167cmなのだから145cmはないと予想した。


(問題は年齢のほうだよなぁ)

 場合によっては、連れ回すだけで事案になりかねない。


 国によっては本人の同意があろうがなかろうが検挙対象になってしまう可能性がある。可及的速やかに確認しなくてはならない。


(でも、女性に年齢を訊くのも失礼だしなぁ)


 なにせプロポーションは悪くない。少女だとしたら発育はいいほうだろう。華奢に見えるほどスリムなのに胸元はしっかりと主張している。お尻も女性らしい丸みを帯びていた。

 ただし、彼女は獣人種(ゾアントピテクス)である。身体的特徴は人類種(サピエンテクス)より顕著に出やすい傾向がある。一概に個人差といえないレベルなので判断しづらい。


(困ったなぁ。働いてたんだから成人してると思えなくもないし、ただの学生アルバイトだったかもしれないし)

 話している言葉が頭に入ってこない。


「聞いてる、ルオ? ねぇ、ルオって幾つぅ?」

 確認された。


(これは好機。聞き返しても失礼じゃない)

 身構える。


「僕は二十一歳ですよ。君も同じくらいじゃないですか?」

 差し障りのない訊き方ができた。

「あー、クゥのほうが年上だったぁ。クゥはね、二十二歳になったのぉ」

「おや、それは失礼でしたか?」

「全然。だって、ほとんど同い年だしぃ」


(よし、セーフ。いつの間にか手錠が掛かってる羽目にならないですんだ)

 安堵する。


 この時点ですでにペースを握られているとは気づいていなかった。最初は、ともかくクーファと速やかに別れたかったのに自身の心配のほうが勝っている。


「この先のあの店ぇ! らっきぃ、今日は平日だから空いてるのぉ」

 指さしながら小走りになる。

「待ってください。お店は逃げませんから」

「お店は逃げないけどケーキは売り切れちゃうかもしれないのぉ」

「ケーキ?」


 慌てて追いつくと、クーファは彼の手を引いて店に駆け込んだ。アテンダントマシンの案内もそこそこにテラス席を確保する。


「えーとね、この手作りケーキ、数量限定で出してるしぃ、最高なのぉ」

 テーブル備え付けの注文用投影パネルを元気よくタップしている。

「僕の意見は……」

「ないの。クゥのお勧めを訊いたんだから同じもの食べないとぉ」

「筋は通ってるんですけどね」


 まさに天真爛漫を絵に書いたような女性である。かなり型破りなところはあるが、悪意は微塵も感じられない。どこまでも自由に生きている感じは、巻き込まれ体質を懸念しているルオーには眩しくもあった。


「ああ、本当だ。美味しい」

「でしょぉ?」


 スポンジや生クリームは既存の材料だろうが、相当手の込んだ作り方をしているだろう。滑らかで舌触りが量産品と比べ物にならない。さらに上に乗っているフルーツの彩りも鮮やかで、目にも美味しい。種類がわからないが酸味と甘味のバランスは最高で、クリームの味わいともマッチしている。


(これ、飴じゃないね)


 照りが付いているので飴が掛かっていると思ったのだが違った。そのものにも少し強めの酸味がある。それが全体のバランスをまとめていて、得も言われぬ味のハーモニーを口の中で演出していた。


「なんだろう?」

「不思議だよねぇ。これって実は果汁なのぉ」


 とろみのある液体だけをすくって味見しているのにクーファも気づいた。自慢げに答え合わせをしてくる。


「パリュって果物の果汁を煮詰めるとこうなるんだぁ」

「公開してるんですか?」

「ううん、クゥが自分でやってみたのぉ。ピンときたからぁ」

「研究熱心なんですね」


 自慢げだったのも当然だろう。猫耳の彼女は味にもうるさいらしい。そのあたりは気が合うと思うのだが、いかんせんクーファの型破りな言動には振り回されている。


(このケーキとの出会いには感謝しないといけないけどさ)

 指を伸ばす。


「アテンダントシステム、このケーキは冷凍搬送可能ですか?」

 注文パネルに尋ねる。

『可能です』

「惑星内限定ではありませんよね?」

『他星系への注文販売も行っております。本日分の枠を望まれますか?』

 期待した答えが返ってきた。

「では、この住所へ。支払いもこのアカウントでしてください」

『承りました。三点を当該住所へ送らせていただきます。確認票は到着まで消去なさらないようにしてください』

「はい。では、お願いしますね」


 必要データをスワイプ操作でシステムに転送。ついでに今口にしている分の会計も行う。


「奢ってもらっちゃったぁ。ありがとう」

 本当に嬉しそうにしている。

「紹介していただいたんですから当然です。誘ったのも僕ですし」

「……ルオ、優しすぎぃ。ほんと、好きぃ」

「強引だった自覚はあるんですね」

 苦笑で返す。

「だって、クゥがあんなふうに接客すると、普通の人はすぐツッコむか、引くかするものぉ。なにも言わなかったから受け入れてくれたんだと思ってぇ」

「戸惑ってなにも言えなかったんですけどね。でも、君が僕を騙そうとしてなかったのだけはわかりましたから」

「でも、故郷に彼女いるんだもんねぇ」

「さっきのですか? 家族にですよ。宇宙暮らしに特定の相手を作るのは難しいです」


(その日かぎりの出会いを期待しないしさ。パットじゃあるまいし)

 不誠実なのは流儀ではない。


「教えてくれてありがとうございました」

「ううん。じゃ、次ぃ」

「次!?」


 ルオーは眠そうだった目を見開いた。

次回『幸か不幸か(4)』 「どうしても僕を監獄送りにしたいんですね?」

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