進んで気づく(6)
ルオーは情報パネルの端を指で叩いてザロから見えるように回転させた。新しい契約者がその内容に見入るが反応は芳しくない。
「小難しいことばっかりでよくわからん」
眉を下げ、首をひねっている。
「ホーコラの現在の公民権制度です。近年、何度か改正されていて、まわりくどい表現になってますね。どうやら、意図的に難しくして一般人に取っ付きにくく操作されているフシがあります」
「政治家どもの仕業か」
「それと、その裏にいる、現体制が都合のいい人物たちの、です」
とりあえず横においておけばいいのに、つい口にしてしまう。
「ともあれ、単純にいえば立候補に必要な要件は満で二十五歳以上であることと、次に挙げるどちらか二つ」
「二つ?」
「現職議員三人以上の推薦があること」
非常に珍しい要件である。事実上、どこかの政党に属すか、後援のある政党がなくては話にならない。
「今の議員の全員がこの要件を成立させて立候補しています。つまり、現行議会の方針堅持を目的としたもの。よろしくないですね」
ザロはピンときていない。
「なんでだ?」
「今の議員と同じ考えを持たないと立候補さえできないってこと。要はお友達議会で、これまでどおりでやりましょうって方向に進みやすい制度ね」
「おお、なるほど」
説明に加わったゼフィーリアが解説してくれる。
「もう一つが、登録確認ができる国民二万人以上の推薦があること」
「二万人て!」
「こっちはさっきの議員三人と対比する形で定められたんだと思います。その条件だけだと、さすがに国民の反発は免れ得ないと考えたんじゃないです?」
どちらにせよハードルの高い制度である。つまりは、普通の人が立候補する門戸を狭めてあるのだ。
「汚いな」
唇を尖らせている。
「二万人とか普通じゃないし」
「そうね。国民登録がないといけないってことは、推薦人名簿に個人情報がないと駄目って意味。選挙管理団体に候補者のバックボーンが握られてしまう。推薦に尻込みする要因になるわね」
「ところが、ここが穴になってるんですよ」
ルオーはほくそ笑む。
「供託制度、つまり一定の金額を付託してある程度の得票を得ないと返金されない制度だとアウトでした。ザロさんには原資がありません」
「どうにもならんって」
「お金はない。でも、コネクションはあるでしょう? あなたは技師です、重工業軌道プラントを修理してまわる」
一瞬呆けたザロだったが、すぐに合点がいったようだ。ルオーの指摘に気づいたのだろう。
「顔は利く」
手を打つ。
「困っているプラント管理者を助けて軌道を飛びまわっていたんです。顔は売れてる。しかも、事情に通じてるだけ賛同は得やすい。条件は整ってるんですよ」
「ほんとだ。よく気づいたな?」
「相手方はハードルを上げるつもりで隙を作ってました。突かない手はないです」
狙い目を告げる。
「なので、これから軌道に上がって支持を得ます」
「軌道プラント回りをするんだな?」
「それは効率悪いので、まずは立候補表明をしましょう。論調次第であちらから寄ってきてくれるんじゃないです?」
軌道プラント職員の同調を得るのが肝要である。同じ苦境に耐えている者同士で団結すべく訴えるのだ。
「ローカルコミュニティがあるでしょう? そこに情報を流して、あなたの政見演説の配信を観ていただきます」
初手はそれだ。
「そっか。そこでまずは二万人の確保って段取りだな」
「足りなければ徐々に手を広げなくてはなりませんが、とりあえずの目標です」
「軌道に常駐勤務してる職員がどれくらいいるか確認が必要ね。ざっと調べてみようかしら」
ゼフィーリアも手を動かしはじめた。
「わかるコミュニティを教えろ。予告上げて興味を惹くぞ」
「クゥは応援したげるぅ」
「チームで動いてくれるのか。恩に着る」
ザロは大袈裟になる事態より、これから先の手順に対する覚悟のほうに気を取られている。尻込みされるよりよほどいい。そういう気質だからルオーも計画する気になったのだ。
「軌道に上がる前にここに寄ってくんない? 相棒を拾って行かなきゃ」
ゼフィーリアがポイントを送ってくる。
「わかりました。航行計画書の作成が必要ですね。ティムニ、頼めます?」
『はいはーい。首都の上飛ばなきゃだねー』
「よろしく」
二頭身アバターが両手を掲げるだけで書式が表示されて項目が埋められていく。管理局籍を持つ彼の申請なら首都上空の飛行も許可されるだろう。
(使えるものは使っていかないとねぇ)
義務を背負った意味がない。
快く運転手を引き受けたパトリックがベルトルデで彼女をポイントに降ろす。指定されたポイントは郊外の倉庫街の一角だった。
「ゼフィーリア、手伝うかい?」
「いらない。すぐよ」
中に入った美女は変貌した姿で再登場する。
「げ、まじで?」
「そういうこと。久しぶりね、パトリック」
「オレとしたことが、なんであのとき気づかなかったんだよ。もっと早くお近づきになれたはずだったのにさ」
(やっぱりそうだったかぁ。これで退くに退けなくなったなぁ)
恩がある。
ルオーは上昇してくるゼフィーリアが乗った白いヘヴィーファングを眺めて、ため息をついた。
次回『眩しきは(1)』 「そんな奇特な人間は君くらいのもんですよ」