進んで気づく(5)
ルオーが調べ物をしていると珍しくパトリックが酒瓶を携えてやってくる。グラスを二つデスクに置くと、クーラーボックスから大きめの氷が入れられ綺麗な音色を響かせる。美しい琥珀色の液体がそれぞれに注がれた。
「どうしたんです?」
一つを手にとって彼のグラスと合わせると極上の香りを楽しむ。
「美味いチーズがあると一杯やりたくもなる」
「否定はしませんが、それなら誘う相手が違うでしょう?」
「お前が好き好んで女関係の厄介事を抱え込むとも思えんな」
答えになっていない。が、パトリックなりに状況把握はしているとわかる。すり合わせをしに来たのだ。
「あれが誰だかわかってます?」
「それとなくな」
グラスの中身を舐めながら言う。
「ちょっとは考えてますか」
「とびきりの女だ」
「そうですね。驚くほどの美人であると同時に正体を隠してます。彼女は管理局アテンダントでもフリーのアームドスキンパイロットでもありません。おそらく、星間管理局情報部のエージェントです」
協定者であるルオーに接近してきたのだ。
「オレもそう思う。なのに、なんで引き入れた?」
「作為は感じますが悪意は感じないんです」
「敏感だもんな」
「クゥが懐いてます。それだけでも問題のない人物だとは思うのですが……」
ルオーの中の迷いが語尾を濁させる。打算でゼフィーリアを受け入れたとき、どれほどの危険を伴うか彼にも計算できない。
「兆しがあるもんな」
クーファの話だ。
「もう一押しって感じがします。それには僕では足りない。宥めたり慰めたりはできても、心に寄り添うことはできない。同じ女性を欲していると思えるんです」
「その役割をやらせるのか? 向こうに都合もあるのに?」
「だから取り込むんです。僕への関心だけでは収まらなくなるくらいに。クゥの感じた優しさがあるなら、いずれほだされてしまうでしょう」
持ちつ持たれつの関係を築くつもりだ。
「プラスのほうが大きいと見たか。でもな、お前、四六時中監視されることになるぜ?」
『あの部屋の通信系、カットするー?』
「不要です。なにせ、探られて困る腹がないんですから」
星間管理局に腹意がない。必要以上に距離を取る気はないし、操られるほど接近しすぎるつもりもない。程よい関係で自分のやりたいことができていればいい。
「君には見られて困るものもあるでしょうが」
『そこはロックしとくから大丈夫ぅー』
踊るアバターに隙はあるまい。
「んじゃ、オレは遠慮する必要はないわけね」
「ご自由に。君に付ける薬は持ってません。きっとレジット人にも作れない」
「猫耳族が画期的な薬を開発しないことを祈るまでか」
挑戦的に言う。
「彼女は君も利用しようと考えるでしょうが、それは余計に好都合でしょうし」
「利用しようとするほどに利用しやすくなるからな」
「そのうち、ただの獣じゃないと気づくでしょう」
「誰が獣だ」
爆笑しつつグラスを傾ける。ルオーも喉にアルコールの熱さを覚えつつ情報パネルを並べていく。
「なんだ、こりゃ。ホーコラの公民権制度?」
斜め読みしながら首を傾げている。
「もう一人のお客さんの件ですよ」
「首突っ込む気か」
「どうにもならなければ搦め手も必要かと思ったんですが、どうにかなってしまいそうです」
相手が男と知って興味を失っている。
「ちょっとは面白くなるならいいが」
「手を貸してくれるんです? 面倒ですよ?」
「当分は船から離れる気ないかんな。なんせ、愛しき彼女がいる」
パトリックは完全にゼフィーリアをロックオンしている。下手すれば彼より正確無比に狙っているかもしれない。
「大火傷にならない程度にしてくれません?」
火中に手を突っ込む気がしれない。
「本望だぜ。炭になっても後悔しない」
「怖いですって」
「恐怖がスパイスになる恋もあるぞ」
暴言を吐く。
「ムービーの観すぎです。そんな特殊な恋愛模様になる前に、女性は身を引くんじゃないです?」
「お前は女を知らなさすぎだ。意外と火遊びが好きなんだぜ」
「僕は遠慮したいです」
間に入るととんでもなく迷惑を被るだろう。ただ、挟まれてしまう気がしてならないが。
「誰も泣かないですむならお好きにどうぞ」
「女を鳴かせるのはベッドでだけと決めてる」
その夜、ルオーは珍しく酔いがまわるほど飲んだ。
◇ ◇ ◇
翌朝、目を覚ましたザロは心に決めていた。もう後戻りする気はない。どうせなら行けるとこまで行ってみようと思う。
「決めました?」
操舵室に行くとルオーがいつもより眠そうな顔で待っていた。
「ああ、やってみる。どうすりゃいいのかわからないけど」
「方法論はともかく決意はしたんですね。あなたらしいです」
「した。力になってくれるんだよな?」
残っている迷いは青年が吹き飛ばしてくれるだろう。
「それには一つ条件があります」
「なんだ?」
「僕たちは業務としてしか動けません。民間軍事会社ですので」
彼らは機材を持っているが、それを実務に運用するには契約者が必要になるという。契約によって業務上の義務として行動が可能になるらしい。
「わかる。ただし、金はない」
言うまでもない。
「当面は棚上げしましょう。では、まず方法論からお話します」
「わかりやすく頼む。で、あれは放っといていいのか?」
色男がゼフィーリアを必死に口説いている。それをクーファが楽しそうに囃し立てていた。
「彼はパトリック。例のもう一人で、僕の相方です」
まるで騒ぐほどのことではないようだ。
「下半身以外は理性的です」
「そこが一番理性の必要なとこだろ!」
思わずツッコミにまわるザロであった。
次回『進んで気づく(6)』 「ところが、ここが穴になってるんですよ」