進んで気づく(4)
「人たらしね」
操舵室のルオーのところにやってきたゼフィーリアが開口一番言ってくる。
ザロはヘルガ婦人が持たせてくれた夕食を平らげると思い悩んだ様子で割り当てた部屋に入ってしまった。当然のことだと思って彼も放置している。クーファも満腹で早々にベッドに潜り込み今は二人だけ。
「認めますよ」
自分でもそう思う。
「逃げ場所ないくらい詰めるのは可哀想じゃない。計画的すぎない?」
「でも、当事者ではない僕は材料を提供するくらいしかできません。もし、自分では無理だとザロさんが言うのならあきらめますよ。二度とテロ行為に走ったりもしないでしょうから、人ひとりの命を救ったと思って我慢します」
「説得しただけなら彼も選挙権の自由だけを理解して生きていったかもね。でも、君は現実を見せてしまった。普通の、視野の狭かった一人の男にね」
しどけなくゲストシートに身を任せると視線で貫いてくる。
「普通ではありません。ザロさんは死んでもいいと思うくらいの覚悟を持てる人間です。そのへんの疲れきっただけの人だと明日のことしか考えられません」
「だから、死なせるのは惜しいと思った?」
「ええ」
出会いは偶然だけではないと思っている。
「でも、もし彼が決意してしまったら、とてつもない敵を抱えることになるわ。それを抱えるつもり?」
「覚悟のうえですよ。やるなら全力でいきます」
「君の全力、とっても怖そう」
口に手を当て、とても愉快そうに笑う。美人を楽しませているのに充実感など得られない。怖ろしいのはどっちだと思っている。
「ねえ、一枚噛ませてもらってもいい?」
ひとしきり笑ったあとに言ってくる。
「なにが起こるか理解しているのに、わざわざ飛び込んでくるとは気がしれませんけど?」
「それくらいにはわたしもアームドスキン乗りだってことにしてくれない?」
「なんです、それ?」
妙な言いまわしもわからなくもない。
(あの、別れのときの仕草。もしかしてもしかしちゃうんだよねぇ)
ルオーはゼフィーリアに了解を返した。
◇ ◇ ◇
首都宙港に戻って発着点枠を確保し着陸するとパトリックがのんびりと戻ってくる。彼がライジングサンの自室に外でナンパした女性を連れ込まないルールを遵守してくれるのでルオーは気遣いの必要がない。
「ずいぶんのんびりだったじゃん。穴場でも見つけたか?」
そう言いつつ操舵室まで上がってくる。
「いつものですよ。お店巡りが振るわなかったので開拓に出てました」
「お前もほんとに食道楽が……」
「お邪魔さま」
シートの陰から黒髪が見えただけで色男が固まったのに気づいて美女が挨拶する。
「ゼフィーリアちゃん!」
「久しぶり」
「最高だ! まさかオレを探してこんなとこまで来てくれるなんて!」
シートを回して顔を見せた彼女に相方が駆け寄る。
ルオーは止まらないため息を一つ追加する。どうにも嫌な予感がしていたが的中したとしか思えない。
「偶然よ」
ライジングサンの二人とも偶然知り合うなんてどんな偶然だと思う。
「だとしたら運命だな。オレと君は結ばれる運命にあるってさ」
「あなたに都合のいい運命もあったものね」
「普段の行いがいいからじゃん。女性をすべからく信奉し褒め称える日常を過ごしていたら運命の女神も微笑んでくれるさ」
ただのシンボルと化している女神の名を騙る。
「運命の女神さえナンパしてるわけ?」
「もちろん、全力をもって」
「あなたの全力も怖ろしいわ」
ゼフィーリアが肩をすくめている。その反応を不審に思ったパトリックは片眉を上げた。
「ところで、なんでゼフィーリアちゃんが戻ってきたばかりのライジングサンに?」
疑問に思うだろう。
「彼のグルメ行脚に付き合ってたのよ。お陰でいい思いさせてもらったわ」
「そっか。それならいいけどさ。ところで今は休暇中?」
「さあ、なにかしらね」
妖しげな笑みで応じている。
「君は管理局アテンダントだったじゃん」
「なるほど、そういう出会いでしたか」
「へ? ルオー、お前、知らないのか?」
「僕の認識だと彼女はフリーのアームドスキンパイロットなんです」
食い違いが生じる。美女は適当に「転職中」と答えるが、そんなものを信じる馬鹿はいない。ルオーは彼女の正体が悪いほうの予想どおりだったと理解した。
「ともあれ、ゼフィーリアさんにはこれからの仕事をお手伝いしてくださってくれることになりました。今後、二人とも仲良く……しすぎないように注意してくださいね」
虚しい忠告をする。
「もちろんちゃーん。ばんばん仲良くしちゃうよーん」
「はいはい、聞く耳なんて持ってくれないのはわかってました」
「ええ、みんなと仲良くするから安心して」
ゼフィーリアも隠す気など皆無であると宣言したも同然である。
「そんな遠慮しなくていいからさ、もー、いっそのことライジングサンと社員契約しちゃいなよ。なんだったらオレに永久就職とか?」
「あら、あなた、わたしが独占したい系の女だったらどうする気? 耐えられる?」
「わお、独占されちゃう? いいねえ。愛されるのは大歓迎さ」
跪いて手にキスまでしている。
「性懲りないこと。女で身を滅ぼすタイプ」
「本望だね。そう生きてそう死にたいもんさ」
その台詞が本気だからルオーは止めても無駄だと理解していた。
次回『進んで気づく(5)』 「あれが誰だかわかってます?」