手を伸ばし(5)
「では、具体的にどうします?」
ルオーは深い議論にまで持っていくつもりのようだ。
「現実にはお金は必要。先ほどおっしゃってた日々の経費以外に、今現在のように選挙を控えている時期になると支持者を得るために自身の目指す国の在り方や、それに沿った政策を訴える場がないといけません」
「無論だ」
「メディア戦略ももちろんですが、自ら有権者の前で言葉を尽くすのが一番効果的です。こうしてアポイントを受けてくださったのも、会って遣り取りすべきだと思われたからでしょう?」
ザロは思いもしなかった考えに目を丸くする。ルオーが匂わせた寄付金も大きな意味があっただろうが、最終的には外国人一人の支持でも選挙に役立つと計算が働いていたのだ。
(選挙権のない外の人間が議員の政策に関心を持つということ事態が大きな意味があるのか)
選挙のためにそこまで考えているとは知らなかった。
「メディアに払う宣伝費、大会場を押さえるレンタル料、数え上げればキリがありません。どこも似たようなもののはずです」
常識であると語った。
「そのとおりだ。企業を含めた支持者が私を議会に送り出してくれるために少しずつでも資金を都合してくれ、さらに大きな支持を得る。その連続で議員の席を守っている」
「その献金を禁止してしまえば活動がままならなくなる。政策立案から原稿作りしての提起。それ以前に提起できる立場にあるための選挙活動。なにもかも資金を基に成り立っています」
「現実は金が必要だということだ。どうすると言いたいのだね?」
エルゲンもルオーの意を酌む。
「難しい問題だ。献金は必要ではあるが弊害は厳然としてある」
「あきらめます?」
「いや、あきらめてはならんだろう。君の友人のように苦しんでいる国民がいるのならば」
エルゲン議員は眉根に深い皺を刻んで考え込む。偉い人なのだから、ザロには考えもつかないような妙案を出すのであろう。
「そうだ」
エルゲンは膝を打つ。
「企業や団体、個人の献金には意思が宿る。それが問題なのだ」
「ええ、間違いありません」
「政治活動の資金に意思が宿らねばいいのだ。お金そのものには意思がないのだから出処を変えればいい」
発想の転換だ。
「すべての原資を国庫が賄えば議員は国を栄えさせる、その一点に集約して活動すればよくなる。国民の代表者皆が同じ向きを志すのだ。これほど効果的な解はないな」
「おっしゃるとおりです。ですが、国庫に議員全員分の政治活動を賄えるほどの余裕はあるのでしょうか?」
「うむ、財源は考えなければならないな。だが、それさえクリアしてしまえば国民を豊かにする最善の議会にできる」
エルゲンは会心の手段だと満面の笑みだ。しかし、ザロはそのあたりから嫌な予感が頭をよぎっている。
「現行の献金方式にどっぷり浸かっていて、更に私腹を肥やすことを考える与党議員の方は当然のように反発してくるだろう。だが、私は強く批判するぞ」
エルゲンが自慢げに言う。
「国民の苦しみを知らないのか、と。献金を禁止しなければその苦しみは永遠に続くのだ。今こそ改めるときであろうと言い募れば反論は難しいはずだ」
「ですが、政府は財源問題を追求してくるでしょうね」
「そうだな。しかし、まずは問題の連鎖を断ち切ることから始めねばならん」
強い口調で主張する。
「すると、献金の代わりの資金を捻出することになります。それが国庫からとなると、おそらく増税するしかないという結論に至る気がするのですが」
「あり得るな。だが、クリーンな政治を実現するには必要な手続きだ」
「では、日々の糧に困っているほど苦しんでいる僕の友人はさらに増税で苦しむことになります。救われませんね」
そこに至ってエルゲンが眉をひそめる。ルオーに批判的な目を向けてきた。
「異論があるようだな。ならば、どうするればいいと思うのかね?」
視線が険しくなる。
「それを考えるのが国民に選ばれた先生のような方のお仕事です。僕がとやかく言うものではありません」
「う、まあ、そうだが」
「今日のところはこれで帰らせてもらいます。なにか名案が思いつかれましたら、また僕のところへご連絡ください。協力できるかもしれません」
そう言ってルオーは立ち上がる。エルゲン議員を手伝えばホーコラの現状を変えられるのではないかと思っていたザロは唖然とした。しかし、彼になにか意見があるでもない。釣られて立ち上がる。
「お時間を頂戴して感謝いたします。では、連絡お待ちしております」
「おい、君は……?」
眠そうな青年は驚くほどさっぱりと背中を見せた。彼は両者を見比べつつも、ルオーについていくしかない。
「よかったのか? なんの結論も出なかったみたいに聞こえたんだが」
「あのまま話を続けても、いっかな結論には至りませんよ。堂々巡りが始まるだけです」
「じゃあ、別の人に考えてもらうのか?」
「いえ、もっと違う側面からアクセスしてみましょう」
さっさとオフィスをあとにする。彼にはルオーの考えていることが丸っきりわからない。ところが、更に輪を掛けて事は難しくなる。
「ねえ、君。ちょっと漏れ聞こえてたんだけど話は上手くまとまらなかったみたいね。打開策があるなら私にも教えてくださらない?」
「君は?」
それは目の覚めるような美人だった。あまりの美しさに腰が引けてしまう。黒髪黒瞳の美形は遠慮なくルオーの腕を取る。
眉を下げる青年の反応に、ザロは気がしれないと思った。
次回『手を伸ばし(6)』 「ええ、わたしとしない?」




