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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
油断するとつけ込まれる
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幸か不幸か(2)

 ルオーは目の前の女性店員をまじまじと見つめる。


 緑色に染めている髪は背中まであるだろうか。後ろだけ後頭部の位置でツーテールに結わえられている。横髪だけが胸元まで垂れているが、先のほうだけ色褪せたかのように銀色に変わっていた。艶はあるので意図的にやっているのだろう。


(そのへんはわりと見かけるレベルだからいいんだけどねぇ)


 問題は耳である。ウサギ耳はいい。似合っている。猫耳もいい。悪くない。しかし、混在するのは戸惑ってしまう。ファッションとしてもどうかと思う。


(なんだか、口にするのもはばかられる)


 容姿も抜群だ。誰が見ても幼い印象を与えるくらいの童顔だが、ルオーも他人のことは言えない。金色の瞳を持つ目はぱっちりと開き、白目の部分も面積が小さい。余計に子供っぽく見える。

 (おとがい)も小さく、丸い輪郭が如何にも少女然としている。ちょこんと乗った鼻も、曲線を描く唇も遠慮がちなサイズ。まるで、おとぎ話に出てくる小動物を見ているかのようであった。


「ご注文はぁ?」

 見入っているのに気づいてしまった。

「ああっと、すみません。筋維持剤をお願いできますか? 処方箋はこれです」

「読み取りましたぁ。ありがとうございますぅ。どれだけご入用ですかぁ?」

「二人、三十日分で出してください」


 σ(シグマ)・ルーンから表示させた処方箋の読み取りから確認までテキパキと進む。手慣れた感じなので、人は見た目によらない、間違った印象を抱いてしまったと後悔した。


「宇宙生活者って大変ですぅ」

 カウンター下のラックを探りながら女性店員が言う。

「ええ、まあ」

「お兄さんは変態ですぅ」

「え?」


 支払いコードを送る準備をしていたので、聞き間違いだろうかと思って二度見する。彼女はニッコリと笑っていた。


「ウサ耳に欲情する変態ですぅ」

「欲情してません」

「クゥを浴場に連れ込みたいなんて変態ですぅ」

 揚げ足、言い掛かりが甚だしい。

「僕、君になんか失礼を言いましたか?」

「なにも言わないから変態ですぅ」

「すごい言われようですね!」

 語気が荒ぶる。

「だってツッコまないんだもん」

「ツッコミ待ちだったんですか」

「うん、お兄さん、優しいから好きぃ。変態さんでも好きぃ」


(マズい。ヤバいのに当たってしまった)

 危機感が半端ない。


「クゥはクーファ・ロンロンっていうのぉ」

「う……、ルオー・ニックルです」

 名乗り返さないのは失礼な気がする。

「知ってるぅ。処方箋見たぁ」

「個人情報管理、ザルですね?」

「サルじゃなくてウサちゃんぴょん」

「いつから語尾キャラに変身したんですか」


 ツッコミ待ちとわかればツッコまざるを得ない。すでに完璧に逃げ腰なのだが、支払いを済ませないと店を出ていくわけにもいかない。彼女との駆け引きは始まっていた。


「デ・リオンには仕事ぉ?」

「とりあえず仕入れです。仕事もするつもりではありますが」

 正直に話す。

「運送ぉ? じゃない、アームドスキン乗りの人だぁ」

「σ・ルーンでバレてしまいますね。民間軍事会社(PMSC)をやってます」

「本物の宇宙の人なんだぁ。うらやましぃ」


 金色の瞳を輝かせて言う。彼女の中に嘘偽りは全く感じられないのが困る。振り切るのは無情に思えてしまうのだ。


「宇宙生活なんて案外暇ですよ。日々の風景が変わるものでもありませんし」

 言い聞かせるように伝える。

惑星(ほし)に居着いているほうが活力があると思うんですけどね」

「でも、色んな惑星(ほし)に行って色んなもの見れるぅ」

「それは否めません。星々には様々な風物があって驚くような出会いもありますね」

 少しだけ揶揄を含める。

「クゥも親ウサに見聞を広めてこいって放り出されちゃったぁ」

「その設定、まだ生きてたんですか」

「子ウサは迷子の最中なのぉ」

「貫きますね」


 確実に悪気はない。彼も会話を楽しむようになっていた。どうせ一期一会の縁である。


「ルオはこのあとどうするの?」

 いつの間にか親しげな呼び方に変わっていた。

「そうですね。タブレットが手に入ったので、美味しいものでも探しに行こうかと。デ・リオンでなにかお勧めありますか?」

「あるあるぅ! わかったのぉ。ルオはそんなにクゥを誘いたかったんだぁ。早く言ってくれればよかったのにぃ」

「いや、そんなつもりは……」

 制止する間もなく身を乗り出す。

「ナンチュ、クゥは出掛けるのでお店をお願いするのですぅ」

「はい、わかりました。お任せください」

「自由ですね」


 驚いたのは、もう一人の女性店員も猫耳を付けていた点である。そして、クーファはあっさりとウサギ耳を外してカウンターに放り出した。やはり、付け耳だったようである。


「僕が言うとおり変態だとしたら、今の君には興味を失うことになりませんか?」

「あ、しまったのですぅ。付け耳がバレてしまいましたぁ」

「なんだったら猫耳も外しません?」

「これは本物だから外れないのぉ」


 虚を突かれて失敗を悟る。彼女は獣人種(ゾアントピテクス)だったのだ。

 星間銀河圏の80%以上と大部分を占める猿型進化種の人類種(サピエンテクス)ではなく、別系統の動物進化種の獣人種が存在する。彼らとは生態の違いはあるものの差別は全くと言っていいほどない。むしろタブーとされている。


(申し訳ないことを言ってしまったなぁ)


 そのタブーに抵触する発言だったとルオーは反省した。

次回『幸か不幸か(3)』 「僕の意見は……」

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