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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
空き樽は音が高い
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手を伸ばし(1)

「ティムニ、ティムニぃ」

『なぁにー?』


 船内のカフェテリアで昼食を摂っていると、テーブル上でくるくると踊っているアバターをクーファが突っつく。シュタッとポーズを決めて止まった。


「クゥのコシュカはいつ作ってくれるのぉ?」

『いるー?』

 ティムニの首がカクンと折れる。

「いつでも傍にいてぇ」

『守ってほしいのー?』

「お菓子を出してくれるぅ」

 ルオーは「そっちですか」とうなだれる。

「船内なら言えばいつでもティムニが用意してくれるんじゃないです?」

「お外でも万能ぉ」

「それはお供がほしいだけでしょう」


 マロ・バロッタを出てから幾度となく猫耳娘が主張している。いつも、あやふやに終わるところをみれば言葉どおりの意味ではないように感じる。


(サリー)と仲良くなっていたからなぁ。船の中の男所帯では女っ気が足りなくて話し相手が欲しいのかもしれないね)


 クーファはまだその気持ちの意味には気づいていなさそうだ。だから、口にする度に理由が微妙に違う。つまり、彼女は寂しくなっているのである。それを表現するのにお菓子だのなんだのと言い出している。


(幼馴染のアーギムにサリーと続いて、女友達がいる状態で芽生えた気持ち。大事にしてやりたいけどライフサポーターは少し違う気がする)


 ティムニなら高度に自我のある義体を準備してくれるかもしれない。彼女自身がそれに入っても不都合はない気もするが、デフォルメアバターでいるのはなにかポリシーじみたものも感じる。


「その話はとりあえず置いといて、グルメ開拓に行きますか」

 別の興味をそそる話を振ってみる。

「美味しいの? 行くぅ」

「できるだけ敬遠していたオイナッセン宙区も、みんなが管理局籍を取得したことで行きやすくなりました。業務関係なしでもそうそう手出しできなくなりましたから」

「開拓ぅ」

 瞳をキラキラさせている。

「船団警護の仕事があるんで、しれっと潜り込んで楽しみましょう」

「ぼちぼち、ほとぼりも冷めた頃合いだろうし、いいんじゃね?」

「君が女性絡みで変な悶着起こさなければ大丈夫でしょう」


 このとき、ルオーは今の台詞が言霊になるとは思ってもみなかった。


   ◇      ◇      ◇


 ザロ・バロウズは夕闇迫る街並みを足早に抜けていく。薄暗くなりつつある通りには仕事上がりの労働者を招くべく、バーの投影サインパネルが輝度を上げている。

 街行く人々は各々が馴染みの店に吸い込まれていく。皆、表情に喜色はなく、ただそれくらいでしか誤魔化せない苦しみが影を落としている。


(綺羅びやかなのなんて高級酒場街くらいだ。俺たち一介の労働者なんて縁遠い、一部の経営幹部だの政府関係者じゃなきゃ足も向けられない)


 接待を受け、高価な美味しい酒が振る舞われる店など彼らのギャランティでは贅沢の上のステージになる。皆があおるのは、味が付いているだけマシというアルコール水でしかない。それでも酔わねばやってられない人々が街を彷徨う。


(どんだけ汗水垂らして働いたところで、富はそいつらのとこへ向かうようにできてやがる。奴らだって少しばかり掠め取ってるだけで、儲けはさらに上に吸い取られていくのみだもんな)


 ザロの住むホーコラの首都はその傾向がとみに強い。地方となると農業や合成肉プラントがメインになるので、むしろ食べるに困らない程度だろうか。

 彼のように軌道上の重工業プラントに早朝に行って夕方に帰る生活をしていると時間ばかり費やされる。家に戻っても、食べて寝るだけの時間が待っている。ときにはシャワーを浴びるのさえ億劫なときもある。


(それもこれも全て政治の所為だ。あいつら政治家が好き放題に外資企業ばかり優遇して、ここを労働者の街にしちまった)


 原因といえば、彼が生まれる前に締結されたゼオルダイゼ同盟だろう。めぼしい産業のなかったホーコラは搾取される側に陥ってしまっている。

 今や惑星軌道上は重工業プラントだらけになり、地上はそこで働く者が帰るだけの場所にされてしまった。全ては盟主星ゼオルダイゼに製品を供給するために。


「皆の貴重な労働力は、我が国ホーコラの安全を保障する戦力充実の礎となっているのです。頑張って働いた結果が今の平和を形作っている。誇ってもいいのですよ?」


 街頭では一人の政治家が演説していた。選挙まであと二ヶ月という時期。曲がりなりにも民主政を敷いているホーコラでは建前上、有権者の歓心を買っておかねばならない。それもポーズに過ぎない。


(お前らの遣り口なんてみんな知ってんだ。言われたとおりに投票しなきゃ、次の日には仕事をクビになってる。投票所のカメラまで上の連中の手の内なんだからよ)


「それも今日で終わりにしてやる。俺たちの怒りを知れ」


 ただし、終わるのは彼だ。手にしたレーザーガンをその政治家に向けてトリガーを絞った時点でなにもかもがお終い。上手くいけば道連れを一人作れる。


「やめておきません?」


 人の波を縫って前に出ようとしたところで行く手を遮られた。上着の中に入れた腕を声の主が掴んでいる。


 ザロの前には金髪の眠そうな顔をした青年が立っていた。

次回『手を伸ばし(2)』 「甘いものでも食べて冷静になりません?」

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更新有り難うございます。 フラグが立った!(ア〇プスの少女感)
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