行く手迷えど(6)
裏口から路地に逃げたサリーたちニックル家の一同。彼女はライフサポーターのコシュカに腕を引かれ、父が母を助けながら駆け出す。クーファも隣を走っているが、お菓子の器を抱えたままなのを指摘する暇もない。
「バレる前に距離稼ぐぅ。それと、このお菓子美味しい」
猫耳娘がウサ耳をピコピコ揺らしつつ路地の先を指差す。
「早く大通りに出てオートキャブ探したほうがよくない?」
「そろそろ逃げたの気づくかもしれなくてぇ。広い通りにいるとこ見られたらすぐ追いつかれちゃう。このお菓子、お取り寄せできるぅ?」
「普通に注文できるから。今はそれどころじゃない」
公務官学校の授業にも運動の時間はある。それなりに体力養成もしているはずなのだが、なかなか足が動いてくれない。精神的に追い詰められているから身体がついてこないのだろうか。
「クーファさんが正解です。少し路地を移動してから通りに出ましょう。ルートはわたくしのほうで把握しておりますので」
コシュカが力強く言ってくれる。
「頑張れ。僕たちのことは気にしなくていい。ちゃんとついていくから」
「うん、父さんは母さんのことお願いね。わたし、先行して安全確認する」
「すまんな」
実際のところ、一番先を行っているのはクーファだ。ウサ耳を揺らしながら結構な速度で走る。耳元でピンク髪のアバターが誘導していた。
「こんなとき、ルオーがいてくれたならな」
父のルーサンがぼやく。
「兄さんがいてもどうにもならなくない?」
「あいつならいつ如何なるときも冷静に動くだろう?」
「でも、弱いし。兵隊さんなんか相手にしたら三秒ともたないと思う」
兄はフィジカル面がからっきしという印象しかない。
「頼りないもん。下手したら足手まといかも」
「そんなことなくてぇ。頑張ってたらルオが助けに来てくれるから急ごぉ」
「どうしてそんなに信頼してるの」
猫耳娘の言っていることが信じられない。最近の兄がどんななのか想像もできないが、ここ数日接したかぎりでは筋肉質になったりとか大きく成長している感じはしなかった。今の状況で守ってくれるとは思えない。
(動転してる場合じゃない)
少しずつ頭がまわるようになってきた。
(わたしだって将来は管理局アテンダントとして働くんだもん。加盟国民のみんなに安心を与えられる存在にならなきゃいけないんだから)
気を取り直して足を動かす。誰かに頼ってばかりではいられない。学生と呼ばれる身分でいられるのはあと二年足らずでしかないのだ。
「まわり込め。まだ遠くには行ってないはずだ」
兵士の指示の声が聞こえる。
「マップ確認。裏路地の出口を押さえるぞ」
すでに足音を誤魔化そうという様子もない。軍靴の音がサリーの心を萎縮させようと威圧してくる。呼吸が浅くなりそうなのを必死に抑えて走りつづける。
「間に合いませんでした。まわり込まれつつあります。曲がり角でわたくしが足留めするのでそのまま左に走ってください」
コシュカが淡々と言ってくる。
「でも、あなたは?」
「人間より多少駆動力があります。男性でも止められますので。クーファさんについていってください」
「でも!」
制止する間もなくライフサポーターが手を放し、先に立って走る。路地の出口でいち早く飛び出し、鉢合わせ寸前の兵士たちの前を遮った。
「コシュカ!」
「行くのぉ!」
強い口調でクーファが促し、それに引きずられる形で左へと駆ける。後ろからは騒然としたやり取りが聞こえてきた。
「どけ、女!」
「こいつ、ロボットだ! 撃て撃て!」
物騒な言いまわしに背筋が凍る。
「なんだ、こいつ。なんて運動性能だ」
「リミッタ切ってるぞ。まともに相手するな」
「この出力じゃどうせ長時間の駆動はできない。押し切れ」
(ごめんなさいごめんなさい。頑張って、コシュカ)
祈りながら走るしかない。
うめき声が響いてくる。幸い、男の声だ。奮闘してくれているらしい。サリーたちは通りを抜けて幹線道路が見えるところまでやってきていた。停まって待ってくれているオートキャブの姿も認められる。
「コシュカ、逃げて! もう大丈夫だから!」
「いえ、まだです。目標地点に入るまで安心できません」
「コシュカ……」
追いついてきたライフサポーターに安堵する。しかし、それも長続きしない。彼女の右腕はだらりと垂れ下がっていて動かない。よく見れば肩に焼け焦げた穴が開いている。それ以外にも幾つか銃創が認められた。
「大丈夫!?」
「問題ありません。ですが、一部が機能しなくなりました。次は阻めませんので急いでください」
「わかった」
オートキャブまであと200mほど。すでに息は上がっているが最後の力を振り絞ればなんとかなる。多少の希望が見えてきた。
「こんなとこまで逃げられてるのか。特殊班の連中、なにしてる」
上から声が聞こえてくる。
「ちっ、邪魔くさい。一人くらい潰せば腰が抜けて動けなくなるだろ。ターゲットの抑止だけが目的なんだから残ってりゃかまわん」
見上げると巨大な人影。否、アームドスキンだった。人間の十倍はある足が降ってくるところだ。影に嵌まってしまっている彼女は身体が完全に固まった。
「サリー」
「え?」
アームドスキンの足が路面を踏みしめた。
次回『夜明け待つ(1)』 (ここで死んじゃうんだ、わたし)