行く手迷えど(5)
「サリーたちが? 可能性は低いと読んでたんですが甘かったみたいです」
ティムニの報告にルオーは下唇を噛む。
『今誘導してるー。間に合うかどうか微妙ぉー』
「避難のアシストしようにも周りは敵だらけです。助けにいけません」
『ずっと付いてるから危ないときだけフォロー。ルート付近に誘導するー』
それくらいしかできない。不用意に近づけば敵性アームドスキンを引き寄せる。出力は抑えている様子だが、生身では流れ弾の一発で四人とも生きてはいられない。
「少々いただけませんね。容赦してやる気が失せました」
『仕方ないねー』
スナイプフランカーを向けて軽くなったトリガーを押し込む。パンテニールの胸に長さにして1mほどの溝が掘れた。背中から溶解した金属が飛沫となって飛び散る。制御部は破壊されている。その手前にある操縦殻も。
ルオーはティムニのコントロールするナビスフィアに従って移動を始めた。
◇ ◇ ◇
「地上部隊の反逆者に好き勝手させるな! それほどの数じゃないだろうが!」
バーナード・ゼーガンは吠える。
首都防衛訓練中に突如として発生した軍事クーデターに対処すべく指揮所に急行する。しかし、彼が政務官として属する警務省が管轄する警察機は真っ先に狙われた。頼みの綱となる数が揃えられないでいる。
「訓練に出てたのは?」
「計画書どおり八十機です」
中央指揮所長が答える。
「そのうち、クーデターに加担してるのは?」
「はっきりとしません。確認できる範囲でおそらく七十機ほどでないかと」
「ほとんどじゃないか! どうして把握できなかった」
無理難題なのは自分でもわかっている。
「軍務省の管轄ですので」
「これほど大規模なら漏れてきてたはずだ」
「我々には他の省庁まで監視する権限はありません。それ以前に余力も」
警務省が管轄するのは警察および消防。以前の消防は別の省庁が管轄していたが、連携の必要が問われることが多く移管された。以降は緊密な連携が可能になったものの、多忙を極めて責務以外の業務には全く関与できない状態。
(管理体制の強化とか省内二極化とかあれだけ政策立案したのに議論が進まず、結局は肝心の非常時にこの有り様か)
国民の生活を直接守る身近な守備力でなくてはいけないのに機能していない。
「こういうケースに対応するために独立してるのが国家安全保障局ではないのか? あそこの戦力は? アントニーはなにしてる?」
長兄の動きが見えない。
「保障局も軍部には直接関与できません。機動部隊の投入に働き掛けていると聞いておりますが権限の奪取手続きが定まっておらず、作戦指揮系統の確立が難しい状態だそうです」
「じゃあ、誰が止めるってんだ!」
「現在確認されている範囲でクーデターの阻止に動いている民間のアームドスキンがいます」
思わぬところから救いの手が差し伸べられている。
「誰だ?」
「民間軍事会社『ライジングサン』だそうです。パイロットはパトリックと名乗って治安維持行動中と。依頼者はビスト翁と聞いております」
「祖父殿が? ライジングサン? パトリックだと!?」
(あいつがなんで? 真っ先に動いたというのか)
負けた気分になる。
「パトリック! 飛び出したくせに今さらぁー!」
バーナードは忌々しげにデスクに拳を打ち付けた。
◇ ◇ ◇
「指揮系統が確立できないからってどうした。用意できた機体から順番に降ろせと命じろ」
アントニー・ゼーガンははっきりと告げる。
「そうはまいりません。編成もままならない状態で部隊を軌道から降ろしても有効には機能しませんし」
「なぜだ?」
「兵士はそう訓練されているのです。そもそも軌道部隊の中にもクーデター加担者がいれば本末転倒です。敵を増やす状態になるのですよ? 副局長のあなたが責任取れるんですか?」
局員も苛立って反論してくる。
「局長はどうなさってる?」
「未だ連絡取れません。議会ビルの中なのは間違いありませんがどこにいらっしゃるのか」
「ちっ、緊急停止したエレベータにでも閉じ込められたか」
それくらいしか思い浮かばない。
ただでさえ通信系統は混乱している。地上基地から飛んできた中継子機が決起と同時にターナ霧を放出してしまった。今や首都バロッタの全ての機能が麻痺しつつある。
「まずはせめて通信系の確保だけでもしなくてはならん」
話が始まらない。
「警察機に凝着沈下剤の散布をさせられないか?」
「出せる警察機は全部出しているそうです。現状、避難誘導で手一杯かと?」
「それでは奴らの思うがままではないか」
「かなりの計画性が見込まれます」
重力圏内であればターナ霧もイオン凝着沈下剤の使用で通信の乱れの沈静化を早められる。しかし、投入できる戦力が足りないときている。
(父上はなにしてる? 緊急閣僚会議の招集だと? 今さら防衛出動の検討をしてどうする。総理に判断して命じるよう進言しないのか?)
動きが遅い。
「どうやってバロッタの安全を保障すればいい?」
打てる手がない。
「民間のアームドスキンが阻止行動をしております。今は頼るしかありません」
「誰が動いてる?」
「民間軍事会社『ライジングサン』のパトリックと名乗っているそうですが。ビスト翁の要請と聞いております。お聞きでないので?」
(パトリック、お前なのか)
アントニーは愕然として視線を落とした。
次回『行く手迷えど(6)』 「兄さんがいてもどうにもならなくない?」