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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
油断するとつけ込まれる
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幸か不幸か(1)

 ルオーは隣のクストファッカ宙区の惑星キュリ・リオンの首都デ・リオンの街角を歩いている。特に目的があったわけではないが、パトリックがたまには足を伸ばしてみようと提案したからだ。


(どうせ目新しい美女との出会いでも期待してんだろうけどねぇ)


 行く先々で誰かをナンパしないと気が済まない病の患者である相方の病状はどうこう言わない。彼もあっちこっちと見聞し、色々と美味しいものを探すのは嫌いではないのだから。ただし、今日の買い物は食べ物ではない。


「ティムニもどこか抜けてるとこがあるんですよね」

 小さくつぶやきながらσ(シグマ)・ルーンから表示させたマップパネルと道路の形を見比べる。

「フィットスキンの柔軟潤滑剤は香りまで指定して取り揃えているのに、どうして筋維持剤(きんいじざい)の在庫を切らしたりしてしまうんでしょう」

『だって、あたし、いらないもん』

「まあ、そうですけども」

 ピンク髪の二頭身アバターが顔の前を飛び回る。


 彼女は操船AIという建前の、彼らの船『ライジングサン』号の管理頭脳(システム)である。建前というのは、明らかにそれ以上の存在だからだ。現代の船舶に自我のあるシステムが搭載されているなどそもそも聞いたことがない。


「それを言えば、君はフィットスキンを着たりしませんし、香りを嗅いだりもしません」

 指摘する。

『着てるじゃない。なに、ルオーってAIのアバターなんか露出多めでいればいいっていう趣味の人?』

「そんなことは言ってません」

『匂いだって船内ならセンサー付いてるんだから。シャワー、サボったら臭いって言ってるでしょー?』

 ライジングサンの船内は異常にきめ細やかである。

「だったら、僕たちの健康にも配慮してくださいよ」

『筋維持剤はたまたまなの。だって、面倒くさいんだもん』

「それは認めますけど。いいから帰っててください。僕が通話相手をアバター化する趣味の人だと思われてしまいます」

『はーい。あたしも船体メンテロボの統括管理しないとだし』

 アバターはσ・ルーンに引っ込んで消える。


 筋維持剤は宇宙生活者の必携品である。重力が軽減されている状態が長く続くと骨刺激や筋刺激が極めて低くなる。結果、人体はカルシウムを流出させてしまう。主に尿として排出してしまうのだ。

 それを防ぐのが筋維持剤。タブレット錠剤で、カルシウムを補うとともに一定の骨および筋刺激を人体に与え続ける。それにより人はすぐさま惑星上の重力下でも活動できる身体を維持できる。


(処方箋いるんだけど)


 筋維持剤はその効果ゆえに特定医薬品扱いとなる。というのも、普通に重力下で暮らす人が服用すると筋肉増強剤として作用してしまうからだ。なのでスポーツ界ではドーピング剤の指定を受けていて、宇宙生活を証明する処方箋がないと売ってくれない。

 ルオーであれば事業審査だけですぐに処方箋は手に入る。ただし、不正な横流しを防止するために、一度に売ってもらえる量は限られてしまうのが実情だ。ゆえに買い忘れが発生する。


(スポーツ選手って大変だなぁ。趣味で遊泳する船外活動(EVA)も短時間に制限されてしまうんだもんなぁ。筋量低下を防ぐアルコール飲料はいっぱいあるのに、宇宙用だけは未だにタブレット錠剤しかないもんねぇ)

 食事以外にも制限があるのは可哀想に思えてしまう。


「さて薬局は、と」


 大概の商品がローカルネットやハイパーネットで注文すれば届く時代だ。実店舗などなかなか構えていない。ほとんどが倉庫から届け先への行き来だけである。

 その中でも新鮮さを売りにする食品や外食産業、高度なバーチャル機器を扱うアパレル産業にアミューズメント施設などが実店舗を構える。そして、審査や指導を必要とする医薬品を扱う薬局もその一つ。


「あるけど少ないから探すのも大変っと」

 ようやく視界に収める。


 サインパネルの確認もそこそこに店内に向かう。「薬局」の文字さえ入っていれば問題ない。なにせ、薬局ならどこにでも必ず置いてある身近な医薬品だからだ。しかし、このときのルオーはのちにしっかり確認してから入店しなかったのを悔いる羽目になる。


「おおう」

 つい口に出してしまった。


 実店舗なので店員がいる。女性店員、と呼んで差し支えないだろうか。ひどく背が低く、まるで少女のように見える。150cmを大きく下回るであろう。場違いな気がして、妙に背徳的な気分になってしまう。


(耳が四つある)


 頭頂にはウサギの長い耳が天を刺すように生えている。そして、普通の耳の位置には猫の三角耳が横向きに生えていた。

 耳が四つある生物が確認されていないわけではない。三次元的に音を捉えるのに有効だとされている。ただし、人類と認められている種としては概して聞いたことがない。


(本物と見分けのつかない付け耳なんて幾らでもあるけどさぁ。そういうのってパーティーとかのお遊びで着けるもので、ファッションとして着けるもんじゃないよね)

 そういう文化や流行がないとは言えないところがつらい。


「ええと、こちらは薬局でいいんですよね?」

「はい、レジット薬局デ・リオン支店にようこそぉ。なにがご入用ですかぁ?」


 受け答えは普通だと思ってルオーは油断してしまった。

次回『幸か不幸か(2)』 「お兄さんは変態ですぅ」


※本日でスタートダッシュ更新を終了します。引き続き、7時更新でお楽しみください。

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― 新着の感想 ―
クーファちゃん出てきた……っ!? 今回も個性的なキャラクターが多くて、前作からの話題もあり、読んでいて楽しいです!
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