行く手迷えど(1)
パトリックはゼーガン家を再訪する。一度拒んだ以上、入れてももらえないかとも思ったが意外にも容易に招き入れられた。ビストは相当ルオーに執心らしい。
(星間管理局がわざわざ名指しで要請してくるでは爺さんも気が入るか)
ただし、今回は別の関門が待ち受けていた。廊下を歩いていると厄介なのに行き当たってしまう。
「よくもまあ、顔を出せたものだな?」
長髪の男が冷たい視線を寄越してくる。
「安心しろ。用があるのはあんたじゃない、アントニー」
「当たり前だ。祖父殿の顔を潰しておいてと言っている」
「あの人が話した? そんなわけないな。家の中にまで耳を置いとくとか褒められたもんじゃないんじゃね、国家安全保障局副局長殿?」
皮肉を言うと顔をしかめる。
「くだらん戯言なら聞いている暇などない。隣接するオイナッセン宙区の情勢が怪しいのだ。私は忙しい」
「そんなん、宇宙屋になったオレが知らないとか思ってる? そっちのほうが問題だぜ」
「逃げ戻ってきたとでも?」
皮肉を邪推で返された。昔だったら頭にきていたかもしれないが、今では肩をすくめるだけで流せる。
「そっちこそ、オレの動きなんぞにかまけてるようじゃ足元に火が点くぞ」
アントニーは正対して目を細めている。
「なにを知ってる。祖父殿に注進に来たか?」
「いや、あの人が知らないわけがない。ちょっとした相談さ」
「あまり煩わせるな。無心など以ての外だ」
「幸い、経営のほうは悪くないんで心配するな」
鼻で笑うと、眉一つ動かしただけで去っていく。顔も見たくないのは兄のほうだろう。
「で、今度はあんたか、バーナード。オレはどこで運を使い果たした?」
ゼフィーリアで目の保養をしたくらいしか憶えがない。
「こっちの台詞だ。まだ、チョロチョロしてたのか、パトリック」
「ちょっと、都合があってな」
「すぐに済ませろ。じゃないと、俺の堪忍袋の限界が来てつまみ出すぞ」
分厚い身体で威圧してくる。
「よしてくれ。警務省大臣政務官殿なんぞと張り合うつもりはない。俺の売りは顔なんだ」
「まるで顔で劣ってるみたいに言いやがったな?」
「その勝負は譲れないぜ。でも、今じゃない」
あまり、ビストを待たせるのは得策ではない。そう伝えるとバーナードも噛みついてくるのは不興を買う原因になりかねないと思ったようで引いた。
「次からは入国禁止に指定しといてやるから覚えとけ」
捨て台詞が飛んでくる。
「願ってもないぜ。二度と帰ってくるもんか」
「二言はないな?」
「無論だ」
手で払うジャスチャーをすると歯ぎしり一つを残して足音高く去っていった。実にわかりやすい兄である。
「よう」
関門二つを抜けてビストのとこにたどり着く。
「どうした? 気が変わったか?」
「いや、いい話を持ってきた」
「聞かせろ」
パトリックは祖父に人払いさせてから相談を持ち掛けた。
◇ ◇ ◇
「どんな反応でした?」
パトリックが通信を繋ぐとルオーは開口一番訊いてくる。
「乗ってきた。お前が言うとおりにな」
「あんまり自信なかったんですけどね。僕はビスト翁の為人を直接知らないので」
「ま、噂どおりの男だって思っていい。奴にとって有益な提案だったから飲んだだけだぜ」
ほぼノータイムの承諾だった。
相方が祖父を『ビスト翁』と呼んだのは、それが市井での通り名だからだ。ビストは現在でもまだ六十五歳。老人と呼ぶにはあまりに精力的な生活をしているし見た目も若い。
政界を早々に引退したのは衰えの所為ではなく、より広範囲に影響力を行使するため。表舞台に立っていれば権力が集中するのを問題視するマスメディアも、表向き一般人相手では声高に批判できなくなる。もっとも、そのマスメディア工作を忘れない老獪さも併せ持っている。
「ありゃ、こっちの成功と読み取ったんじゃなくてオレを試す気だな。そんな目をしてた。その中にお前も含まれてるんだけどよ」
管理局が買うだけの実力があるのかルオーも見定めようとしている。
「勘弁してください。一番まとわりつかれたくないタイプです」
「まー、ほんとに力のある政治家って相手の都合なんて二の次だからな。それを貫き通せる実力があるから権威がついてくるって寸法だ」
「噛みついたら雷が鳴っても放してくれそうにないです」
パトリックは「首をビームで焼き切ってやれ」と笑った。
「ともあれ方便は手に入れた。その気になれば動ける裏打ちは用意できたんだがどうする? 同時に潰しに行くか?」
「考えものなんですよね。相手の規模が把握できてないんです」
「訓練に参加する国軍兵士の中にどんだけ浸透してるかって話か」
軍事クーデターに参加する兵士がどのくらいのパーセンテージで混じっているか判明していないと言う。少なければ反対に他の兵に制圧されて終わるかもしれない。
「巧妙に潜ってると」
当然必要な措置だ。
「口頭でのやり取りなんてそうは掴めません。通信を使ってくれればいいんですが、そこまで間抜けでもありません」
「そうだろな。アントニーは掴んでもない反応だった。国家安全保障局が聞いて呆れる」
「限界あります。監視カメラにリップを読むプロトコルを組み込むにしても解像度高い場所でないと機能してくれません。背中向けるだけでアウトですし」
「プライベートもうるさいしな」
(そういうのクリアにできてれば、謀略なんて残ってないか。全部AI任せで見破れるもんな)
パトリックは苦笑いで応じた。
次回『行く手迷えど(2)』 「めっちゃ可愛いじゃん。会わせろ」




