波風高く(5)
パトリックはホテルのベッドに寝転んでふてくされていた。管理局アテンダントのゼフィーリア・マクレガーからは当然連絡先さえ教えてもらえていない。
本来なら可愛い誰かを口説き落として部屋で甘いひと時を過ごしたかった。ところが、包囲網を敷かれて怪しい女しか近寄ってこない。
(あいつら、オレを色ボケの間抜けだと思ってやがる)
先刻など、ロビーカウンターから訪問者の連絡があったので確認してみた。調べてみると相手は売れない女性モデル。いったい幾ら積まれて彼を籠絡しにきたのだろうか。
(つまんね。これなら仕事してたほうがよほど気分がいいじゃん)
ゼーガン家と縁を切って、バロッタも他の国の都市と同じになったつもりでいたが、大きな勘違いだった。いつまでも彼を過去と血に縛ろうとする。
「またか。なんだよ」
しかし、今度の通信は直接σ・ルーンに入ってくる。
「ルオーか。どう……、いや待て。オレはマークされてる。しゃべるな」
「そうですか。では、すぐに対策してもらいます」
なんの違和感を覚える暇なくティムニが切り替えたと言ってくる。秘匿回線での交信に変わった。
「サンキュ。どうした?」
休暇だとわかっていて意味もなく邪魔してくる相方ではない。
「君のことなので街の様子はわかっていると思います。自由銀河党とかいう怪しげな人たちのことです」
「ありゃ、怪しげなんてもんじゃないぜ。管理局も目を光らせてる」
「もう、チェックしたんですか。抜かりないですね」
ルオーの口角が少し上がる。
「こっちでも調べました。彼らの最近の活動状況、議会での動向、勢力など諸々」
「さすが、早いな」
「末端まで全てを把握できてはいませんが、裏事情のほうは交信ログから多少わかりました。どうやら現体制を揺り動かす、可能ならば転覆させたいと考えているようです」
現体制は祖父のビストを中心とした名家の支配する旧態依然のもの。国際融和を旨とし、そのために親星間管理局で動いている。
アンチテーゼを掲げている自由銀河党は議会に大きな影響力を有しているゼーガン並びに旧家の政治家を排除したい。現状は街頭運動で選挙を目標とした正攻法できていると感じる。
「あれじゃ、転覆なんて夢のまた夢だぜ。反応もそれほどよろしくない」
見たまんまの感想である。
「同意します」
「だから、オレみたいな関係ない人間まで利用してるのかもしれないけどよ」
「そんな動きがあるんです?」
ビストとの面会からの経緯を伝える。
「なるほど。僕の所為で迷惑掛けましたね、すみません」
「いいってことさ。オレには楽しい人生になりそうだしな」
「だったら、もっとややこしい問題に発展しそうです」
相方の表情がすぐれない。元から朗らかなわけではないが、いつもはもっと力の抜けた呑気な面持ちをしている。
「なにがわかった?」
ルオーはひと呼吸入れる。
「背後にいる人物の中に『クラーク・ゼーガン』という名前があります。これはあの『クラーク・ゼーガン』で間違いないのでしょうか?」
「なんだって?」
「君が一番良く知っていると思います」
クラークは三兄だ。パトリックの上にデニスを挟んで三番目の兄である。後継争いでは当落ラインぎりぎりというところの位置。彼のように目がないのではない。
(確かにひと悶着なければ日の目を見ない立ち位置だ。だからって、ゼーガンの家を、今の権威をひっくり返したら意味ないじゃん)
思惑が見えない。
「ありきたりな名前だが、下にゼーガンと付くからにはあのクラークだろ。なに画策してやがる」
苦い顔になってしまう。
「今は軍務相の秘書官をされているようです。あなたの家の派閥でしたよね?」
「そうだ。まだ競い合える位置をキープしてるはずなんだけどな。それが自由銀河党なんてのと組んでる? なに考えてる」
「明確な意図はわかりません。お家の勢力図までは調べてませんし。ただ、現状、影響力を行使できるとすると軍部に対するものとなるでしょう」
頬がひくついた。
「まさか、軍事クーデターなんぞやらかそうってのか? そこまで爺さんの力は衰えてないぜ。怪しい動きをした途端、出鼻を潰される」
「普通に軍を動かせばの話でしょう? この時期ならば公然と部隊を動かす理由があるんです」
「首都防衛訓練か。そのときになら当たり前に戦力を街に出せる」
訓練時には各所にアームドスキンも配置される。だから、パイロットは市民から喝采を受ける檜舞台ともなる。
防衛訓練だけに議事ビル周辺には特に多くの機体が集まるはずだ。もし、その砲口が逆に議会へと向けば容易に制圧はできると思うが。
「それほど単純か? 制圧したからって簡単に政権は奪えないだろ」
「ええ、安定した現状でそんな暴挙に走っても国民の理解は得られないでしょう。逆に独裁を目論むと思われてしまいます」
ルオーも賛意を表す。
「だったらなにをしようってんだ?」
「いくつか想定はできますけど、とりあえず訓練の日に事を起こそうとする可能性は頭に入れといたほうがいいと思われます」
「だよな……」
理解はできるが彼になにができようか。
「僕たちは動けません。業務でなければ都市でアームドスキンを使うなど。依頼でないかぎりは、です」
「さすが、頭は冴えてんな」
「どうせ冴えない男ですよ」
(敵の敵は味方、とはかぎらないんだけどな)
パトリックの頭にはある人物の顔が浮かんでいた。
次回『波風高く(6)』 「パトリックもこんなときに舞い戻ってこなくとも」