波風高く(3)
白を基調とした星間管理局のアテンダント制服は機能的かつシンプルでいて、色彩を多用したカジュアルなデザインになっている。身体の線も美しく際立たせ、ブースから出てきたゼフィーリア・マクレガーによく似合っていた。
(めちゃくちゃそそってくるぜ。これほどの美人には滅多に出会えない)
よりによって管理局アテンダントなのが惜しくて堪らないパトリックである。
「最近のバロッタの情勢でしたかしら。気掛かりなのは外の様子?」
二人でブースを離れたことで少しくだけた口調になる。
「御名答。さすがに切れるねえ」
「取り繕わなくて結構でしてよ。思い付きなんでしょう?」
「気にならないわけじゃないぜ。三年前にはあんな現実の見えてない、みっともない輩は湧いてなかった。とはいえ、興味のレベルじゃ君に勝らないけどさ」
流し見てくる横顔が妖しげに笑んでいる。
「あれは一年ほど前から台頭してきた野党『自由銀河党』の運動員。ところどころで街頭演説してますけど、一番の目のかたきは管理局ビルかしらね?」
「自由銀河党ね。そりゃまた発想が抜けてる」
「議会では与党に噛みついていますわね。お祖父様はやかましくて手を焼いてらっしゃるのではなくて?」
主張からすると問題視しているのは星間管理局の統制である。敵視されているというのにまるで他人事のように言う。
「爺さんはあんなの歯牙にも掛けない」
管理局寄りの政策が目立つのは議会に隠然たる力を示しているビストの影響だと指摘された。
「そうでしょうね。吠えているうちは実害もないし。でも、エスカレートしてきているのも事実ですわ」
「なるほど、力を付けてきてるってね。それほど感心を引く主張じゃないのに声が大きくなってるのは裏があるって考えるか」
「まだ、小虫が飛びまわってるくらいにしか思ってらっしゃらないでしょう。ただ、慮外にしていいとも考えてないのでは?」
潰しどきを図っている感じだろうか。
「あるいは、もっと別のなにか?」
「表立って動いている連中は取るに足らない。でも、掲げている看板は根っこが深そうだしな。一遍に掃除したほうが話は早いか」
「あなたもやっぱりゼーガンですのね」
目を細め、口元を隠して小さく笑う。それだけで身震いするほど美しい。棘を隠している類の花の艶やかさだ。
(三年前のオレなら一発でまいってた。まともに話もできなかったろ)
どんなときでもクレバーに動く相方のやり方を真似ていなければ。
「でも、今のあなたに、家に肩入れする理由があって? 切ったのでしょう?」
把握されているのは名前だけではない。
「こっちが切ったつもりでも、あっちは未練たらたらだと思ってそうなんだ。迂闊にうろつきもできなくてね」
「それで管理局に避難してきましたの? 怖気づいたと思われてしまいますわよ」
「勝手に思わせとけ。オレは別になんとも思ってない。噛みついてきたらきっちり息の根止めてやる」
二度と手出しする気にならないくらいに報復するという意味だ。
「培ってきたものが通用するような相手ならいいですけど」
「政治力ってのは馬鹿にならないってかい?」
「よく知ってらっしゃるでしょう?」
兄たちはまだ若いので議員としては立ってない。が、すでに父のファナスや派閥の有力議員秘書として働いている。祖父の七光りもあり、それなりに影響力を行使できる立場にあるのではないかとゼフィーリアは言う。
「向こうは二度と戻ってこれないくらい叩き潰してやるって思ってるかもな」
予想に難くない。
「少なくとも、顔を潰しておくくらいには、ではないかしら」
「冗談じゃない。自慢のこの顔を潰されたら、君の目を楽しませることもできないじゃん」
「そう? 眺めるだけなら、あなたレベルのタレントなんて吐いて捨てるほどいましてよ」
きついことを言ってくる。
「そいつらは君の耳元で愛してるって囁いてくれないだろ?」
「バーチャルコンテンツくらい世に溢れてますわ」
「しまった。そっちはオレもチェックしてないわ」
会話を楽しんでいる。カフェコーナーで少しお高めのお茶を奢っても十分にお釣りが来るサービス具合だ。
(ちょっとは譲っとかなきゃいけないか)
プラカップを傾ける美女を眺めながら思う。
「それもこれも爺さんが変な色気出さなきゃよかったのによ。オレなんか呼び込むから面倒なことになる。ルオーのやつに文句言っとかなきゃな」
一因は管理局にあるので把握しているはず。
「あら、ルオー・ニックルさんには関係ないのではなくて?」
「どの口で言うよ。君がどこまで知ってるのかしんないけどさ」
「わたしが知ってるのは、あなたが十分に火種になってしまうことくらいかしら」
また流し目をもらう。
「主に外の彼らの後ろにいる人物にとっては」
「面白いねえ。爺さんを蹴落としたいだけの連中じゃないって?」
「単純ではなくてよ。もしかしたら、フルスキルトリガーが動かざるを得ないくらいには」
思わず首が動いた。彼女をじっと見つめる。
「そんな、焦げ跡つきそうなほどの視線を浴びせないでくださる?」
「いや、ずいぶんと愉快なこと言うからさ。フルスキルトリガーね、なるほど」
「少しは本気出すつもりになったかしら」
「いつでも君には本気だぜ?」
管理局がルオーをどう考えているのか理解したパトリックだった。
次回『波風高く(4)』 「孫を抱く気満々ですか」