波風高く(1)
変わらないながらも多少は理解できるようになった祖父ビスト。しかしながら、パトリックがそのままゼーガン家にいれば厄介事になるのは目に見えている。さっさと退却した。
(案外空っぽだな、オレ)
途端に行き場に困る。
軍学校当時の級友とは切れている。ルオーを選んで旅立つと決めた時点でほとんどの者が離れていった。つまりは誰も彼の家名が目的だったのである。
恨めしいとは思わない。なにせ、当時は自身も踏み台くらいにしか思っていなかった相手である。惜しくもない。
(落ち着くにはまだ早い年っちゃそうなんだが)
二十二歳なら結婚してるのは一部だと思われる。
とはいえ、深い仲になった同級生女子の連絡先が残っているわけでもない。彼女たちは男子と違って敏感で、遊び以上にはならないと割り切っていた感がある。彼が本気にはならないと読まれていた。
「まいったな。船に戻るのも情けないぞ」
ルオーの顔も浮かぶが足を向ける気にはならない。相方は一般人で、普通に家族があるのだ。パトリックのような面倒な立場の人間とは違う。転がり込めば迷惑でしかない。
「ねえ、一人? 暇?」
「暇だけどさ、なんか用?」
派手めの遊んでそうな女に声を掛けられる。
「じゃあ、遊ぼ。あたし、夜まで空いてんの」
「ふぅん、他を当たれば?」
「えー、いいじゃん」
普通なら飛びつくところだが場所が悪い。
「で、誰の指図?」
「なんのこと?」
「アントニー、いや、バーナードあたりか。ビストの爺さんの動きを察してオレを取り込みにきたんだろ?」
女の顔色が変わる。使われているのは明白だ。頭に浮かんだ名前の連中にしてみれば、パトリックを動かすくらい簡単だと思っただろう。
見向きもしなかった末弟をわざわざ居室に招いた。ビスト・ゼーガンは久しぶりに帰ってきたからといって情で動くような男ではない。パトリックにはなにかがあると察して当然だ。
要するに跡目争いである。長兄のアントニーは後継を確実にしたい。次兄のバーナードは現状をひっくり返したい。多少強引にでも盤面を動かしたいのはバーナードのほうだと読める。
「なによ、意気地なし」
「おお、怖い怖い」
乗ってこなかったのは女の沽券に関わるか。
追い払ってから街を流す。ナンパしようと思えば一人二人どうにかできる自信はあるが、どこにトラップが仕掛けられているかわからない。首都バロッタという場所がそうさせている。
(三兄のクラークや四兄のデニスじゃオレを捕まえたくらいでリーチ的に届かない。もっと大胆な策に出ないと無理じゃん。それでも、駒の一つとして確保しとこうってくらいは考えるかもしんないしさ)
ハニートラップだらけに見えてくる。
多少の救いは全員が同じ母親から産まれているところくらい。そうでなければ、女親まで絡めたどろどろした関係になっていただろう。
五人とも男に産んでしまった母のロリーンを父は優秀と称えたが、少々度が過ぎている。個々の対決になるのは明白。彼は早々にリタイヤした。
(ルオーの所為で物事の裏側が余計に見えるようになってるじゃん)
傍にいたお陰で鍛えられた。
「こっちのほうがシンプルでいいとか思っちゃうあたりどうにかしてる」
空を眺めながら独りごちる。国軍のアームドスキンが四機編隊で静かに滑るように飛んでいた。三年前には見なかった重力波フィン搭載機である。
「カシナトルドのほうが癒やしてくれそうで嫌になるな。やっぱ、戻るか」
『ないよー。改修中ぅー』
「って、マジ?」
σ・ルーンから聞こえてきたのはティムニの声。独り言を聞かれていたのだろうが、最近では恥ずかしいとも思わなくなった。彼女は家族なんかよりよほど分別をわきまえてくれている。
『だってー、子どもみたいに拗ねたしー』
覚えがある。
「でもさ、クアン・ザみたいにとんでもないのをルオーには用意するじゃん? 欲しくなるのは男心ってもんだろ」
『それは男の子心ぉー』
「言うねえ。否定しないけど」
ミソノーを旅立った頃にパトリックは散々ごねた。クアン・ザの性能を目の当たりにして圧倒されたからである。個人にチューニングされた専用機には夢も憧れもあるのは当然のこと。
ティムニが破格の存在であるとわかれば、どうしても物欲が頭をもたげてくる。ダメ元くらいの感覚で踊るアバターに懇願したのを本当に聞き入れてくれたのは思いがけない幸運だ。
「改修? カシナトルドベースってこと?」
『一機組むほどパットは癖ないー』
「喜ぶべきか悲しむべきか」
悩ましいところ。
『ちゃんとパワーアップしてあげるしー』
「もちろんちゃーん。文句なんてないさ。君が手を入れてくれるだけで感謝感激猛吹雪ってな」
『よくわかんないー』
ずいぶんと気が晴れた。我ながら単純である。そう在りたいと願ってもいる。純粋に上ばかり見ていたい。足の引っ張り合いにばかりかまけている兄弟と同類に落ちたくなかった。
「そっか。もうすぐ軍事防衛訓練の時期か」
国軍兵士が花形になるイベントだ。普段は訓練場か軌道上に張り付いている彼らが首都にくり出し、人々の喝采を受けられる。そこで目立つのも彼の夢の一つだった。
「青かったなあ」
パトリックは本当の感謝からくる喝采というのをもう知っていた。
次回『波風高く(2)』 「まずは君の今晩の予定を訊きたいところだけどそうはいかないか」