今に至る(8)
「発端はドンデミル号襲撃事件なんです」
ルオーがそう告げるとマイス・オーグナー氏は目を丸くする。
「お心当たりがあるでしょう? あれにはダイトラバ政府も関係していましたから」
マイスは視線を彷徨わせる。知っていながらも、まさか自分に繋がるとは思ってもいなかった態度だった。
「ええ、あの旅行ツアー船には政府要人の方、グレゴリオ・ロス氏が乗っていたのです。危うく誘拐されるところでしたが未然に防がれました」
滔々と説明する。
「君がなんでそんなことを?」
「僕はあの救出作戦に協力させてもらってたんです。なので、解決後もそれなりの情報を得ていました」
「あの狙撃を成功させたのは君だったのか」
事件は公宙で起こっているし、解決したのも星間平和維持軍である。しかし、政府要人が関係したのであれば分析も行われただろう。その中で彼のスナイピングショットに着目されたとしてもおかしくはない。
「事件の背景は曖昧でした。襲撃犯は非合法傭兵部隊。当然として営利目的の誘拐が疑われましたが、どうにも納得できなかったんです」
ルオーは苦笑いする。
「しかし、星間平和維持軍も徹底的に調査したはずだ。おそらく管理局情報部も動員されただろう。あの情報部が、だ」
「はい。それでもなにも出てこなかった。そこが不自然なんですよ」
「不自然とは?」
マイス氏も困惑して眉をしかめる。
「非合法傭兵部隊の蛮行であろうと、一国の政府相手に身代金要求などしようとすればそれなりのノウハウが必要です。それなのに彼らはなに一つ持っていなかった」
「食いはぐれて追い詰められたうえでの行動では?」
「普通はそう考えるでしょう。情報部もその線で決着したかのように装ったと思います」
追跡は続けられていたと予想している。管理局情報部ならば、なにかの繋がりを手繰ろうとしていなくては変だ。
「装っていたと?」
マイス氏も思うところあるようだ。
「現代の営利誘拐など、昔の事件のように殺害して終わりとはなりません。そんなことをすれば身代金の引き出しは困難になりますし、人質の引き渡しには組織力が必須です。最も逮捕の危険が高まる瞬間ですので」
「確かにな」
「そんな知識もない部隊が無造作に、かつ、あんな目立つ形で事件を起こすとは考えにくかったのです」
通報されるのを防ぎようもない状況だった。
「だから、あれは営利誘拐に見せかけたのではないかと思いました。乗客の中にターゲットがいて、他の人は迷彩だったのではないかと」
「うむ、危うく成功しかけるところだった。逃走の過程で人質の選別を行うのは難しくなかっただろう」
「そこで気になったのが政府要人のロス氏の存在だったのです。もしかして政治的背景もあり得るのではないかと」
大々的に報道されるような事件だっただけに、その中に小さな一件を隠すのは容易だと考えた。センセーショナルであるがゆえに解決すれば人々の記憶から薄れるのも早い。
「そんな折り、氏からの依頼がありました。もし、政治的背景があるのなら、ここで再びリアクションがあるのではないかと」
ドンデミル号より状況的に易しい。
「それで君は請けたのかね?」
「はい。で、予想どおりあの小型戦闘艦が軍の基地より発進するのが確認できました。これは間違いないなと思って待ち構えていた次第です」
「しかし、なぜ軍が?」
マイス氏は不自然に疑問を呈する。
「それも心当たりがお有りでしょう? 政府には高額な入国税という現在の閉鎖的政策を批判する勢力も少なくない。それでは国が富めるはずもないと」
「う……む」
「改革派が軍部と手を組んで、軍事クーデターに及ぼうとしていました。議会解散にスムースに応じるよう保守派の政府要人を一人でも確保する形で」
マイス氏の立場として認めたくはないはず。内乱の可能性の露見は国辱と感じても変ではない。
「環境は守られるべきなのだ。経済的な豊かさより、自然の豊かさのほうが人を満たすと信じている」
マイス氏を始めとする保守派の考え。
「氏の思想を僕も支持します。ですが、経済的豊かさも人は求めるものです。多少の妥協も必要ではありませんか?」
「そうかもしれない」
「観光資源の浪費で失われるものは多いです。ならば、上手な管理方法に頭を悩ませるのも有りでしょう。それが公民に選ばれた者の使命だと愚考します」
苦笑いが返ってくる。
「ともあれ、本件は星間保安機構によって人権事案として処理されるでしょう。関与したと思われる改革派も一掃されます。風通しの良くなったところで大胆な判断がなされることを祈っております。では、僕はこのあたりで。GSOの皆さんが氏に御用があると思われますので」
「ルオー君、君は……」
「僕など通りすがりのお節介焼きですよ」
上陸艇が着地し、マイス氏に事情を聞こうとしている。長居すれば面倒事になるので退散したいところだ。
「ルオー君、なにかあれば連絡しても構わないかね?」
「民間軍事会社『ライジングサン』はいつでも依頼を受け付けております。別件がなければ可能なかぎり要望にお応えします」
GSO隊員に敬礼を送ってさっさと撤収する。
「パット様、お元気で!」
「はいよ、レーシュちゃん。縁があったらまたねー!」
「お待ちしております!」
ルオーもダントンに手を振りながらルイン・ザに搭乗した。
◇ ◇ ◇
(順調順調。こうやって支持者を増やしていけば大きな案件も舞い込んで来やすくなるしー)
ティムニはほくそ笑んだ。
次はエピソード『油断するとつけ込まれる』『幸か不幸か(1)』 『ルオーってAIのアバターなんか露出多めでいればいいっていう趣味の人?』