足が遠くも(6)
夜を迎えて賑やかで和やかな夕食を終えたニックル家は就寝時間になる。両親も部屋に行き、サリーと話していたルオーもおやすみの挨拶をして部屋に移った。
『通信量増えてるー。中身覗くー?』
客間のベッドに腰掛けるとティムニが彼の膝をトントンしながら言う。
「コシュカですか。サナクルの会長さんが手配してくれたって話でしたよね。まずは出元がわかります?」
『サナクル生化学が関わってるのは管理局兵器廠だけど、ちょっと違うー。でも、星間管理局の直轄企業で開発された義体だねー』
「監視されてるって思ったほうがいいですか。影響が及ぶ心配ありそうです?」
ニックル家そのものがマークされていると思っていい。
『情報部ぅー? 覗いてるだけー。ルオーが不信感を抱いていないか心配してるかもー』
「強引に引き込もうと家族に働き掛けるまではしません?」
『そこは柔らかめに配慮されてるからー』
危うく聞き逃しそうな表現だが明らかに警戒が薄い。ティムニたちゼムナの遺志は星間管理局と距離感を取っているのかと思っていたが違うのかもしれない。
「現状の協力者、何人かの協定者が上手にやってくれてるんですか?」
尋ねると誤魔化すように踊り出すが、じっと見つめていると観念する。
『施策方針にも干渉できるからー。これ内緒ぉー』
「管理局の施策に干渉? どうやってるんです?」
『アトラがこっそり説得してるー』
(誰? いや、知らない名前じゃないねぇ)
ルオーはとんでもない推測に身震いする。
「まさか、アトラってあのアトラです? 星間管理局メインサポートAIの一柱の」
にへっと笑って誤魔化そうとしている二頭身アバター。
「政策立案サポートもしてるはずですよね。そこまで入り込んでるんですか。手に負えない」
『でもー、そうしないと色々不都合なんだもん』
「呆れますね」
星間管理局には立法、人事を司るメインサポートAIがある。三柱協議型AIで構成されていて、それぞれラウト、クシス、アトラと名付けられていた。そのうちの一柱がティムニの仲間、つまり『ゼムナの遺志』に置き換わっているという意味。
(管理局の歴史の分だけ学習して進化してきたってことになってるのに、実は一柱は別の意思で働いてるわけかなぁ?)
怖ろしい事実を知った。
『技術伝達に直接コンタクトしなきゃいけなくなるしー』
つまり表舞台に出ない工作をしている。
『ゴート宙区との接触タイミングも図らなきゃでしょー? 諸々都合つけるには必要だったのー』
「わからなくもありませんが、どこか言い訳じみてますね。協力してる協定者は知ってるんです?」
『深く関係してる人だけー。家族にも秘密にしてる場合ありー』
大問題だ。
「口が裂けても言えないじゃないですか」
『盗聴チェックしてあるー。コシュカがスリープに入ったのも確認済みー』
「抜かりないですか」
ルオーは思案する。星間管理局は露骨にゼムナの遺志および協定者と接触を図ろうとしている。おそらく彼女たちの存在を知っている幹部局員の差配だろう。
対して、提案される施策はソフトコンタクトを示す。その部分をアトラが担当しているのだ。現状、キープされている距離感はそれらによって演出されている。
「そうなると、向こうの思惑に有利になる行動は差し控えないといけませんね」
ティムニがコシュカにアクセスするか訊いてきた意味を理解した。
『情報制御するー?』
「いえ、僕が口を控えればいいだけです。情報はそのまま流してください。管理局の不利益になるような行動をする気はありませんし」
『やめとくー』
彼女は少し安心したようだ。
「騙してるようで心苦しかったんです?」
『ちょっとー』
「気にしなくていいですよ。ただし、少々細工くらいしても良さそうですね」
ニックル家を利用しようとしているなら、こちらから逆利用しても悪くはないだろう。家族を守る方向性で細工を考えた。
「情報的には放置でいいです。どうせ、ネットワーク通信のチェックとかキーワードチェックしかしてないでしょうし」
全部は覗いていないはず。
「その代わり、コシュカに行動制約を設けてください。万が一の場合は両親やサリーへの危害から全力で守るように」
『元からある程度は設定されてるっぽいー。でも、強化しとくー。ホームネットワーク、アクセスするねー』
「いいですよ。僕からのお願いだって伝えてください。ずっと家にはいられません」
コシュカに家族のボディーガードをお願いする。
『設定完了ぉー。承諾だってー』
「保険くらいにはなるでしょう」
『ボディも強化するー?』
「アームドスキン並みに。……冗談ですよ」
ティムニが意地悪な笑い方をする。本当にやりそうで怖い。彼女はライフサポーターなので人工筋肉で稼働しているはず。パワーも普通の人より少し強い程度。人間相手ならいくらかマシな対処ができる。
「家のほうはどんな感じです?」
『ホームセキュリティとしては少し高めかもー。融通利くようにしといてもいいー?』
「そっちは存分にどうぞ」
色々と手を出したがっているピンク髪のアバターにルオーは許可した。
次回『波風高く(1)』 「喜ぶべきか悲しむべきか」




