足が遠くも(3)
ルオーの知らないその女性は不審げにすることなく歩いてくる。前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ルオーさん」
「僕のこと知ってます? どなたでしたっけ」
「いえ、初めてです。登録がありますので」
「ああ、ライフサポーターさんでしたか」
ライフサポーターとは、要は家事用人型ロボットである。不自然を感じさせない容姿をし、行動がスムースだったのでわからなかった。しかし、住人登録があるという発言は彼女がライフサポーターという証明になる。
「はい、わたくし、ニックル家に置いていただいている『コシュカ』です。ルオーさんのお世話も承っております」
家族が彼の個人情報も登録しているという意味。
「そちらはお客様でしょうか?」
「家族登録されているなら、僕からのリクエストも受け付けてもらえます?」
「いえ、命令者枠に入っておりません。すみませんが、ご主人と奥様、サリーさんのどなたかをお通しください」
クーファも来客とは違う対応をできるか尋ねてみた。しかし、彼以外の家族しか命令者登録をされていないらしい。
(少しは自分たちを守るということを憶えてくれたのかねぇ)
異常事態認識に関わる部分をタイトにしているのは安心できる。
「では、とりあえず彼女、クーファを来客者登録してください。僕が保証します」
それくらいは可能なはずである。
「はい、クーファさんを来客者登録いたしました。お上がりください」
「賢いのぉ」
「びっくりします。見た目も中身も高性能です。最近はこうなんですね」
人間だと言われても全くとして違和感がない。
「ルオーさん、わたくしに丁寧な言葉遣いは必要ありません。お命じください」
「いえ、お世話になる以上はあなたにも敬意を払います。僕の流儀なんだと思ってください」
「記録しました。嬉しいです」
表情がほころぶ。感情を表現することさえ可能なシステムが搭載されているのだ。そういったロボットにこれまで触れてこなかったのでわからないが、相当高機能なタイプだと思われる。
『アクセスするー? ルオーを命令者枠に入れられるー』
出てきたティムニのアバターが改竄を試みようとする。
「いいえ、そのままで。彼女は僕の家族じゃありません。君で十分です」
『むふー』
「ティムニ、嬉しそぉ」
コシュカは彼らの会話を無視する。サポート対象のプライベートを必要なだけ保護する機能だ。搭載されたAIが判断しているのだろう。
(誰の入れ知恵かなぁ? たしかに便利だけど、父さんや母さんはこういうタイプの製品にあまり明るくはないはず)
肩口までのこげ茶色のショートヘアは自然に揺れる。面立ちはかなり整っているが、目を瞠るような美人に作られていない。仕草も上品である。生活の中で主張しすぎないところが印象的だ。
「兄……さん?」
家に入って最初に出会ったのは妹だった。
記憶にある妹サリーとはかなり違う。三年前の十三歳のときよりずっと大人びているのは当然だが、いざ目の当たりにすると面食らう。
両親譲りの見事な金髪を腰まで垂らしている。彼と違ってしっかりとした目鼻立ちの美人に育っていた。嬉しくなって、つい微笑んでしまう。
「ただいま、サリー」
「不意打ち、ずるい」
妹はポロポロと大粒の涙を落としながら顔を覆う。
「どうしたんです?」
「違う、違うの」
「なにが違うんです?」
予想外の反応に動揺した。
「兄さんが……、この家で無事でいるの、当たり前なことを夢見てたのに、本当になってみたらこんなに」
「僕が? 君がです?」
「だって。だって……」
どうしたものかわからず、思いきってサリーをそっと抱いた。突き放されるかと思ったのに、妹はそのまますがってくる。涙は枯れぬ泉のようにルオーの胸元を濡らしつづけていた。
「教えてくれます?」
できるだけ優しく、声を抑えて問い掛けた。
「だって、兄さんはわたしたち家族のために命懸けの場所に行ったんだもん。無事に帰ってきたら嬉しいじゃない」
「そのわりに家を出るとき素っ気なかった気がするんですけど」
「危険なところに行かなくても良くなったのに、兄さん、勝手に決めてまた危ないことするっていうから」
つまり、軍学校に入寮するときも、ライジングサンを立ち上げて家を出る決断をしたときも、サリーと相談もしなかったのがお気に召さなかったらしい。不機嫌だったのではなく臍を曲げていたのである。
「そうでしたか。ごめんなさい」
妹は「また!」と咎める。
「どうして兄さんはそんなに他人行儀なの? 苦しくったって家族で力を合わせれば乗り越えられたかもしれないじゃない。なのに、全部自分で決めて勝手しちゃうんだもん」
「一人で背負ってしまうのが気に入らなかったんですね? でも、そういう性格とか、性分とか、君が一番知ってると思ってましたけど」
「知ってるから嫌だったの。止めきれない自分の幼さが嫌だったの」
甘えてしまう自分が腹立たしかったようだ。
「だったらわかるでしょう? 僕は自分というものをよく知っていて、そこからはみ出さないよう自制できます。死にたいわけじゃないんですから」
「わかってる。わかってるけど不安でしょうがないの。喧嘩なんて全然できない人なのに」
「ですよね。君には僕の職業人の部分を一度も見せたことなかったですもんね」
(知らず、傷付けてしまってたんだなぁ。家族を守るってこれじゃ本末転倒じゃないか)
ルオーは自身の行動を省みた。
次回『足が遠くも(4)』 「いやぁ、喜ぶかと思って」