暁光映る(6)
予め言い含めてあったのか、警護官たちは躊躇なくレーザーガンを抜く。八個の銃口に囲まれた状態にルオーたちは陥っていた。
「最後は口封じですか。通用すると?」
げんなりしつつルオーはダルシスに問う。
「誰がこの場を支配しているのかわからんか? たかが民間軍事会社と獣混じり」
「ストラ運輸のポーラさんは?」
「管理局籍の企業となれば厄介だが、テロで死んだことにしよう。フェイク映像で誤魔化せる」
勝手を言う。
「無理だと思いますけど」
「なにが無理だ。絶対権力者は私だぞ?」
「そうかしら」
ポーラで通っているジュリアが頭に手を伸ばす。留めを引き抜くと、結い上げていた髪が一気に花開くようにひるがえる。燃え立つような豊かな赤い髪が相貌から背中までを覆った。
「この顔に見覚えない?」
長身の彼女は同じ視線の高さでダルシスを直視する。
「見覚えなど……」
「そう? 意外と有名になったと思ってたけど足りないみたいね。一部ではファイヤーバードなんて呼ばれてるんだけど」
「ファイヤーバード……? 司法巡察官!」
ジュリアが胸元に触れて金翼のエンブレムが浮かび上がると、財務相の眼が真円にまで開かれる。
「すべての罪はあたしが認めた時点で成立するの。あとは審決するだけなんだけどよろしいかしら?」
「ち、違……。これは……」
「あら、どこが違うの?」
ダルシスは後ずさる。銃口を向けていた警護官たちも一斉に青ざめて、意味もなくレーザーガンを背後に隠した。相手が引いた分、ジュリアは前に出る。
「事実を隠すためにあたしを消す? やってご覧なさい。星間管理局を敵にまわす度胸があるのならね」
冷たい声音で言い放つ。
「そんなこと……いたしません」
「じゃあ、認める? ルオーの看破した諸々はあたしの推理とも合致するのよ」
「しかし……、ですが!」
ダルシスは息を吹き返すように語気を強めた。
「認められるか、こんなの! 汚らわしい獣混じりなんぞが人間様に薬を恵んでやるだと? おぞましいにもほどがある!」
「どっちが……」
「うるさい!」
あまりの罵詈雑言に反論しようとしたルオーさえも遮ってキリク氏に掴みかかろうとする。彼は身体を割り込ませた。「パッ」と小さく音が鳴る。手にはレーザーガンが現れている。ダルシスの靴の先が丸く削り取られて焼け焦げていた。
「手が滑りました。その小汚い舌に仕事をさせないでくださいね?」
うんざりした口調で告げる。
「貴様!」
「終わってるんです、あなたの謀略もミソノーの目論見も。シュルカ・レトと共謀してレジット製薬を乗っ取り、使い捨てようとした下衆な欲望全てがです。末端のテロリストたちは事実も知らずに利用されただけ。おぞましいのは誰です?」
「お前になど言われたくもない!」
権力者特有の理屈でルオーには強く出る。
「いい加減にしましょう。今日の僕はトリガーが軽そうです」
「そのくらいにしておきなさい。君を処刑人に指名するのは心苦しいわ」
「すみません、ファイヤーバード」
ルオーは身を引く。ここは星間法の支配するべき場所で、彼が腹立ちのまま動いていい舞台ではない。絶句しているキリクたちに苦笑いの表情を見せた。
「発覚した事実を元に星間法第三条第一項人権保護基本条項違反、および第一条第一項国際貿易健全性違反で捜査を進めます。ミソノー、シュルカ・レトともに警告程度ですむと思わないことね」
明確に言い渡す。
「そんな、まさか」
「悪事は上手くいかないものよ。憶えておきなさいな。手遅れだけど」
「う……ぐ」
財務相は崩れ落ち、警護官もバツが悪そうに目を逸らしている。全員が駆けつけた星間保安機構捜査官によって捕縛されて連れていかれた。
「お粗末だぜ。悪人ってやつはどこにでもいるもんだ」
パトリックは呆れをジェスチャーで表している。
「困ったことに。キリクさんたちが苦しめられる前に防げたので良しとしましょう」
「ルオー君」
「こちらから好意を見せたからといって相手も好意を示してくれるとは限らなかったみたいですね。同じ人類種として申し訳ない気持ちでいっぱいです。すみません」
キリクに頭を下げる。
「いや、君には感謝している」
「ねー、ルオは頭もいいのぉ。オンマもわかったぁ?」
「ああ、素晴らしい青年だ。クゥが見込んだのも当然だったな。人を見る目があったとは」
クーファは自慢げに胸を張る。出会いは単なる偶然で、彼女の手柄とは言いがたいし、むしろ本能の部分が強かったように思える。主に舌と胃袋的な。
「こうなった以上は、レジット製薬には身の置き場所を考えてもらわないといけないわね」
ジュリアは思案顔になる。
「人間種主義者どもは少数派とはいえどこの国にもいるし、全部をあぶり出すなんてあたしにも無理。守られる環境が必要だわ」
「そんなにお手間を掛けるわけにも」
「そうねえ」
ジュリアがかなりの権威を持つと知ったキリクはかしこまる。
「仕方ないから社籍を移行なさい。星間管理局で保護下に入れるよう便宜を図るから。もちろん、あなたたちの技術が星間銀河圏の医療体制に有意義だからよ?」
「そこまでしていただけるのですか」
「いえ、それもちょっと遠慮しときません?」
異議を差し挟む。
ルオーの意見にキリクは驚くが、ジュリアは面白そうに流し目を寄越した。
次回『暁光映る(7)』 「僕です?」