暁光映る(5)
ミソノー首都の混乱はようやく収束を見せつつある。一時はインフラの一部が完全停止したが一日経った今は復旧していた。
首都内部で使用されたターナ霧は全ての通信機器を麻痺させ、市民生活を混乱の渦に陥れた。生命や安全に関わるインフラは基本有線制御されているので問題ない。ただし、経済活動は停滞してしまう。
輪をかけて、都市内に不時着したアームドスキンが人々に恐怖を覚えさせてパニックを起こす者も出てくる。それも、警察機構の手によって解消されていた。首都とはいえ、いついかなるときに戦闘が起きるかもしれないという不安の種を心に植え付けたまま。
「やっと戻れたか。父に報告しなければ」
「オンマ、びっくりしてるぅ?」
まだ余韻の香る街を抜け、ルオーたちはレパとクーファ、勝手についてきたジュリアとともにレジット製薬本社の入っているビルまで帰ってきた。駐車場には政府関係車両と思われる重厚なボディのリフトカーも停まっている。
「行きましょうか」
「うん、行こぉ」
「ライジングサンはレジット人の明日を暗闇に閉ざしたりしない」
「?」
猫耳娘には意味がわからないだろう。
本社フロアまで上がり、社長室にたどり着くと警護官が立っている。制止に動こうとしたが、相手がレパだとわかると躊躇い連絡を取っている。最終的には中に通された。
「おわかりになったかと思われる」
「はぁ……」
中ではダルシス・ザイグス財務相とキリク氏が話している。その周りを警護官が固めている形。
「今後も危険な人類種主義者が貴殿や社員を狙うかもしれない。ならば、レジット製薬はミソノー国営企業として国家の保護化に入るべきだ。そうは思わんかね?」
大きな身体で決断を迫っている。
「ですが、当社はタイタフラ宙区にとどまらず、他宙区にも及び薬局を開設しております。その皆を守るのはミソノー政府だけでは難しいのではありませんか?」
「確かに無理だ。しかし、国営化するのであれば薬局はどうせ閉鎖することになる。我が国から出荷され各国で委託販売されるなら、それぞれの国の責任で守られるだろう」
「当社の薬品は現在の星間銀河圏で流通している商品とは多少毛色の違うものです。直接症状を確認できない状態でお売りするのは無責任と思っておりまして」
押しの強いダルシスにどうにか抵抗しているキリク氏だったが折れるのも時間の問題か。警護官の存在も圧力となっていた。
「父上」
レパが割って入る。
「レパ、戻ったか。無事でなにより」
「ご心配お掛けしました。クゥもぼくも怪我一つありません」
「そうか。やはり安全が一番か。なら……」
キリクは妥協をほのめかす。
「先ほどのお話でしたらご遠慮なさったほうがいいですよ」
「ルオー君?」
「なんだ、君は。ただのボディーガードが政治の話に出しゃばるな」
ダルシスが睨みを効かせてくるがルオーは応じない。逆にため息混じりの言葉を返した。
「ええ、ただの一個人ではありますが、あなたの策に嵌まるほど愚か者でもありません」
肩をすくめる。
「策だと?」
「ご説明申し上げましょう。まずは晩餐会でのあなたの行動をご覧ください」
「なに?」
ルオーはσ・ルーンで投影パネルを展開し、そこに分析済みのデータを載せる。監視カメラにあったダルシスの移動をトレースしている軌跡が線描された。
「なぜかこの一線から会場奥へは入っていらっしゃいませんね?」
窓側へと隔てる壁があるような行動だ。
「そして、火災テロが起こった一線がこれです。見事に一致する理由を教えてくださいません?」
「そ……、そんなのはただの偶然だ」
「違うでしょう? あなたは知ってたんですよ、晩餐会場がテロの標的になることを。だから、確実に避難できるドア側にしかいなかった」
ダルシスの形相が変わる。
「冤罪だ」
「そうでしょうか? 不思議だったんですよ。晩餐会は政界財界の方々を招待する非公開のものだった。テロの危険性を排除するためにです。ところが会場が知られるどころか、事前工作までされています。誰が漏洩したんでしょうね?」
「知らん。招待客は私以外にもいたではないか」
財務相はしらを切る。しかし、決定的な証拠があるのを彼は覚っていない。
「では、どうして捕縛されたテロリストの取り調べが進んでないんです?」
事実を突き付ける。
「ここに命令書があります。テロリストを拘束に留めておくよう指示されていますね。あなたのサインが入ってますけど?」
「どこでそれを?」
「ちょっとした伝手がありまして」
ダルシスは「偽物だ!」と吠える。
「ダルシス財務相、これはどういうことで? まさか、あなた様が?」
「い、いや……」
「不自然でしょう? シュルカ・レトと同盟関係まであるミソノーです。相手の国情くらい承知しています。反感を買うような施策はしません。彼は最初からレジット製薬の技術を奪い取る気で誘致したのですよ」
財務相の顔が怒りで真っ赤に染まった。下唇を噛みしめると充血した目でキリク氏に覆いかぶさるように睨みつける。
「貴様のような獣人種風情が高等技術を所持してるなどおこがましい! さっさと人類種様に差し出せ! 言わんとわからんのか?」
「あああ……」
キリクは悲しみに顔を歪ませる。
「信じたかったのに」
「貴様らの信用など要らん。開発システムだけ寄越せ」
「みっともないですね。本性を見せてどうする気です?」
「こうするんだ。お前ら、全員を拘束しろ」
警護官に命令する。
ルオーは呆れでため息が止まらなかった。
次回『暁光映る(6)』 「この顔に見覚えない?」




