暁光映る(1)
「お前、まだ自信ないのか」
「そう言われましても、アームドスキン無しでは埋もれるくらいの才能しか持ち合わせていません」
戦闘艇ライジングサンが到着してルオーが安堵しているとパトリックに揶揄される。アームドスキンに乗っていない彼では多数の敵を前に虚勢など張れない。相方は生身でも通用すると以前から何度も指摘しているが自信を持てないでいる。
「臆病者なんです」
素直な気持ちだ。
「本来は戦場なんて似合わない人間ですよ。それ以外になにができるかって問われると困りますが」
「それでも、人助けができるんならやりたいんだろ? 性根がお人好しにできてんだって」
「所詮、僕もあの両親の子どもですか。だったら、より慎重に生きていかないと駄目ですね。騙されないように」
(いつの間にか避けたいって思ってたタイプになってたのかなぁ)
両親のように自己満足で家族を苦しめたくない。
(でも、いざ宇宙に出てみると意外と寛容で、僕みたいな人間でも役に立つんだって思わせてくれるのがねぇ)
その一翼を担っているのがティムニなのだろうとは察している。彼女はルオーになにかをさせたがっていると感じる。ジュリアの言っていた『協定者』という肩書は、思い描いていた彼の人生を細く長いものから一変させてしまいそうで怖くもあった。
(否めないなぁ。地味でいたいのが本音だけど、それ以上にレジット人をどうにか助けてあげたいって気持ちが強いんだから。それは、今や家族みたいなクゥの同族だからっていうのとは違う感情だし)
目の前で苦しんでいる人を見捨てられない。結局は父と同じ道を歩もうとしている。挫折を味わいたくなければ方法は一つしかない。
(周到な準備。それだけが僕を転落から救ってくれるはず)
今でいえばライジングサンの到着である。それなくば、思い描く計画はいくらも進まないうちに破綻してしまうだろう。
「ともあれ、間に合ったので良しとしましょう」
「わりとギリだったみたいだぞ」
σ・ルーンから警報が鳴る。
「来ました?」
「来るだろ。だって、体よく晩餐会場でテロを起こして犯行声明を発表。レジット製薬の注意を引いて工場に目を向けさせる。差し向けられるお偉いさんを人質に侵入するつもりが阻止された。お前が言ったんだぜ。次は実力行使だって」
「ですよね」
一連の流れは別々の事件のようで繋がりがある。
「今度は武力で脅迫してデータを吐き出させる気じゃん。連中、まさか目的の物がバイオチップブレインなんてお手軽なもんだとは思ってないぜ」
「その気ならアームドスキンでも持ち出せるような物です」
「あれからデータ抜くのにも猫耳族の力が必要だろうけどな」
どちらにせよ、テロリストが欲しているものが製薬工場にはない。それを知れば逆上して暴発しかねない。
「工場全体を防衛してるって見せ掛けないといけません」
パトリックになら省略しても伝わる。
「だな。戦闘艦が二隻だって? そんなもん、どうやって持ち込みやがった」
「どこに隠してたのかって話ですよ。そこにこの案件の裏側がひそんでいます。流れている情報は表面的なものでしかありません」
「黒幕はオレたちを動かしてるつもりなんだろな。そうはいかないぜ」
相方も察している。
「若干重いけど、オレのカシナトルドとお前がいればどうにかなるだろ」
「どうにかしないといけません。おそらく助力は望めませんので」
『問題ないー』
ライジングサンに向かうルオーを先導するようにティムニが飛んでいる。彼を見ながら気軽に言った。
『お土産あるからー』
わけがわからないことを言う。
「お土産です?」
『そー。きっと気に入るー。タイミングもピッタリー』
「わかりました。信じます」
彼を動かそうとしているのは敵の黒幕だけではない。ジュリアもなにかさせたがっている。そして、筆頭格がこのピンク髪にピンク目の踊るアバターの中身だ。
「いきなり使えるような代物か?」
ラダーを登りながらパトリックが尋ねる。
『大丈夫ぅー。すぐすぐー』
「なんとかします。僕は道具を選びません」
「そうだけどよ」
到着したばかりで薄暗い機体格納庫を走る。見えなくともパイロットシートのある位置は身に染み付いていた。すぐに着いて置いてあるヘルメットを被る。
『アームドスキン「クアン・ザ」を起動。パイロットをルオー・ニックルで固定します』
「はい?」
機体システムアナウンスに仰天する。
「今です?」
『今でしょー!』
「愉快そうに言わないでください。いくら僕でも別の機体を馴染ませるのは時間が掛かります」
言っているうちにパイロットシートはコクピットに吸い込まれている。モニタが目を覚まし、機体格納庫全体に明かりが灯った。
「お前、それ……」
パトリックも絶句する。
「ティムニに謀られました。君、一人で頑張れます?」
「戦闘艦二隻分相手に頑張れるか!」
『いけるいけるぅー。クアン・ザはルオー専用に設計して調整もしてあるから問題なしー』
盛り上げるジェスチャーをしている。
「く、専用機か」
「うらやましがってる場合じゃないです。命が懸かってるんですよ? 主に君の命が」
「オレのかよ! お前も頑張れよ!」
悲鳴をあげるパトリックをかまっていられる状態ではないルオーだった。
次回『暁光映る(2)』 (アームドスキンマニアの血が騒ぐじゃない)