赤い髪ひるがえり(3)
ファイヤーバードことジュリア・ウリルは大胆なドレスで足を組み、ソファーに深く腰掛けている。噂が本当ならもう五十歳の境を越えているはずなのだが、かなり若く見えた。
(どこから攻めるかなぁ。だいたいさ、彼女との約束の全部を星間管理局が履行してくれるとも限らないしねぇ)
ルオーは眠そうな目でその様子を眺めていた。
「僕が譲歩すれば……、例えば協力を約束したとします。すると、管理局は自由を約束してくれるんです?」
「約束するわ。そもそも星間管理局は君を束縛なんてできもしない」
(取引になってない? 簡単に手札をさらしてくる?)
理解ができない反応だ。
間に困って隣を見るが、クーファは軽食の皿の野菜スティックを本物のウサギのようにカリカリと齧っているのみ。彼はこの保護動物を連想させる猫耳娘のために立ち位置を確保しなくてはならない。
「いるぅ?」
「あとでもらいます」
齧っている途中のスティックを差し出すのはやめてほしい。
「干渉できないほどです?」
「それは協定者全員が同様。あたしと関係してるマチュアも、ジャスティウイングのファトラも。で、君のそのアバター、ティムニも。その気になったら管理局の中枢にある協議型AI『ラウト』『クシス』『アトラ』の出力にも影響するくらいの能力があるわ」
「根本部分さえ関与できると」
立法や人事に手出しされるのは避けたいだろう。
「要請を拒むのも可能じゃないですか」
「意に添わないのならね。だから、協力」
これまで堅固だと考えていた星間銀河の統制システムがそんなものに左右されているとは意外だ。現状、制御できていないのは明白である。
「それでいいんです?」
怖ろしさを覚える。
「上手くいってる以上はね。実際、星間銀河圏をひっくり返しかねないような事案を解決に導いてくれているのが協定者の働きによるものだとしたら?」
「下手に干渉しないのが正解ですか」
「そういうふうにできてるってのが彼女たちの見解なのよ。協定を結ぶ人物は人類の矯正力だって言ってるわ。『時代の子』って呼んでる」
自分とは縁のない内容に思えてならない。
「僕がなにがしかの事案に関わり、解決に導くと? それは星間管理局の加盟国家統制に適うから担保しておきたいわけですね」
「切れるのね。そういうとこよ」
「こんなの考えなしじゃ生きていられなかった人間の足掻きです」
社会の仕組みの中で必死に生きていこうと考えつづけた結果が今のルオーを形作っている。運命の一言で語られるのは少々面白くない。
「それとは別に、時代の子っていうのは特に秀でた身体技能や特殊能力を持ってたりするの。君はなに?」
また見透かすような視線にさらされる。
「あるように見えます? 身体技能なんて一般平均以下です」
「体格はお世辞にも良くない。でも、特殊技能はあるわね」
「カンニングはズルいです」
ジュリアは情報パネルを開いている。内容はおそらく、これまで完遂してきた管理局関連依頼の達成状況だろう。なにをしてきたかを見られている。
「特殊もいいとこ。スナイパー? 聞いたこともないわね」
彼女は指を走らせながら言う。
『ルオーは派生型ぁー。たぶんライナックタイプぅー』
「戦気眼持ち? バリバリの実戦型じゃない」
『偏ってるー。射線限定ぇー』
ティムニが隠しもしないということは黙秘は無駄らしい。
『ただし、距離限定解除ぉー』
「すさまじいわね。戦気眼って実戦的な分だけ範囲が限られるものだけど」
『そうじゃないとキャパ超えるー。ルオーはシューティングに限定されてるから解除されてるのかもー。しかも、自身のまで見えるオマケ付きー』
正確無比なスナイピングはそれのお陰である。環境影響まで含めて飛び先がわかっているなら当てられる。それだけの話。
「キャパシティ内でバランスを取った結果、そういう感じね。ほんと、どれを取っても使い方次第。人間の能力って限界がある。神にはなれない」
ジュリアはしみじみと言う。
「誰かが神に近づいたら、そのとき悪魔に変わると思いますけど?」
「面白い考えだわ。表裏一体。分をわきまえなさいってこと」
「少なくとも、僕はそんな大層なものじゃありません。身勝手な凡人です」
否定しておく。
『凡人じゃ当てられないー。だって、ルオーは見えてるだけー。実際に照準してるのは腕のほうだもん。そっちは能力で保管できないしー』
「一理あるわね」
『軍学校時代の実機シミュレータの時間、生徒の平均が600〜800時間なのにルオーはゆうに2000時間超えー。なんのために使ってたかは言わずもがなー』
ティムニが暴露してしまう。
「生きて家族を養うためですよ」
「それができる人が選ばれるの。協定者ってそういうもの」
「目標を見失った挙げ句に、誰かに褒められたくてあっちこっちと手を出している僕がです? 浅ましいにも程があると思いますけど」
卑下だとも思う。しかし、驕れば簡単に溺れてしまいそうで怖ろしい。おそらく、自身が一番自分を乗りこなせていないのだろう。
(ティムニがなにか目標を与えてくれるのかなぁ?)
話の流れからすると結論はそうだ。
「なんのために生まれたのかしっかりと考えなさい。ティムニは知ってるかもしんないけど」
『今んとこ、わかんないー』
「わからないんですか!」
テーブルの上でクルクルと踊る二頭身アバターにルオーはツッコんだ。
次回『赤い髪ひるがえり(4)』 「ツンツンしてる娘は落とすと情熱的だったりするから」