赤い髪ひるがえり(2)
「あなたが司法巡察官ということは潜入捜査です?」
「ううん、ただの興味本位」
ジュリアからは想定外の答えが返ってくる。ルオーは露骨に嫌な顔で応じた。
「正体を隠して接近です? キリク氏が期待していた販路拡大はあなたの興味の犠牲に露と消えると」
嫌味を言う。
「いいえ、ストラ運輸サービスは実在する企業よ。レジット製薬に問題がなければ契約は成立する。偽装用の会社でも運営元は星間管理局なだけだから、きちんとしたサービスは提供されるわ」
「それならいいんですけど」
「自分より、まだ腹の内の知れない他人の心配? まあ、タイプ的には多いほうかしら」
「さっきの協定者ってやつの話ですね」
脈絡からしてそうとしか考えられない。ただし、その単語は気になる。ティムニと同輩と管理局の、なんらかの協定が存在するのか。
「そもそも君、どこまで知っていて?」
強気の態度は崩れない。
「ティムニに関して多少は。クゥをずいぶんと危険視して聞かなかったので。あまりに荒唐無稽な話なので口外しないようにしてます」
「賢明な判断ね。でも、厄介だからって深入りしないようにするのはどんぶり勘定すぎない?」
「性分なんですよ。仕事以外で他人の因縁になんて巻き込まれようならただでは済みません。知らないのが一番です。彼女の正体についてはクゥの処遇が関係するので妥協点を模索しなくてはいけなかっただけです」
経緯を説明する。
「言うじゃない。ゼムナの遺志の恩恵を受けて無縁でいられると思って?」
「『ゼムナの遺志』。それがティムニたちの正体ですか。聞かない単語です」
「徹底してるわね」
呆れ顔をされる。
八千年前に途絶えた先進文明で生まれた人工的な知性。現代AIとも一線を画す存在。そんなものの事情に深く関われば間違いなく人生を棒に振る。だから、本人が告げたように自由にしている。
「管理局が結んだ協定で、表向きにあるのはゴート協定。あの、丸ごと一人類圏だった宙区との約束事」
ルオーもさすがに無関心ではいられない。
「それには表に出されていない秘密条項があるわ。ゼムナの遺志とその関係者を星間法はもちろん、各国の全ての法律からも除外するとんでもない条項。そうでしょ?」
「よくもまあ、そんな約束が通用しますね?」
「制定せざるを得なかったのよ。かの宙区と争うようなことになれば星間銀河圏もかなりのダメージを被るから」
仕方ないというジェスチャーを混じえる。
「あれは都市伝説のようなものでは?」
「そう感じる? 本物のアームドスキン技術に触れても?」
「あながち過言でないということですか」
ティムニが彼に与えたアームドスキンは明らかに特別製だ。使っているうちに違いはより鮮明になってきた。別格の性能を示している。
「それとは別に協定者はゼムナの遺志と協定関係になる」
憶えがないことである。
「サポートを受けるパートナーは超過技術を他に拡散しないこと。悪用しないこと。そんな約束がなされてるはず」
「明かすような真似はしません。だって、そんなもの持ってるって知られればほぼ確実に悪意を持って近づいてくる人物が現れます」
「君ってそうなのね。だから、明確な取り交わしがなかった」
注意深すぎる性格だと指摘される。
「コードネーム『ジャスティウイング』を知ってるでしょ?」
「当然、司法巡察官のほうですよね? 存じてます」
長期に制作されている同タイトルの子供向けヒーロードラマも存在するがそちらではあり得ない。あまりに脈絡がなさすぎる。
「司法部最強戦力でしょう? あなたの指揮下だとも言われてますけど」
明言はされていないが、まことしやかに囁かれている。
「あたしの息子なんだけど、あの子も協定者。だから、とてつもない力を発揮する。OK?」
「納得しました。桁外れすぎますもんね」
「なにが言いたいかって、協定者が星間銀河圏を揺るがすほどの力を持つから管理局は協力を取り付けるのに躍起なわけ。見つけるのにも注力してる。君の存在は情報部が気づきかけてるわよ?」
ジュリアの視線の意味はそれだったらしい。彼女はルオーのことを知っていて、どういう相手なのか探りを入れていたのだ。
「勘弁してほしい話ですねぇ」
ため息混じりに言う。
「自分でどうこうはできないわ、選ばれた以上は」
「魅入られたって言いたくもなりません?」
「否めない。でも、それだけの性能があるのは確かでしょ?」
(僕は選ばれた。そして、選んだ。つまり逃げ道はないってことかぁ)
ティムニとの出会いの経緯を思えばすでに協定はなされていたようなもの。
「まあ、それだけ重要視されてるって意味で利用価値はありそうですので我慢しますか」
ただでは転べない。
「……君ってそうなの」
「どうとでも受け取ってください」
「怖ろしい子ね」
台詞とは裏腹にファイヤーバードは愉快そうに言う。
「レジット人の件、星間管理局が簡単に排斥できるとは思わないでくださいね? 僕は判断してません」
「管理局サイドだってまだ判断してないわ。でも、君の意見を尊重しないわけにはいかないわね」
「どうして、こう立ちまわりが難しくなる一方なんでしょう? 僕はもっと気楽に生きる気満々なのに」
(見逃してくれるほど甘くない相手ではねぇ。さて、だったらどこまで利用できるか考える材料をいただかないと。ジュリアさんは取引が通用する方みたいだし)
ルオーはあきらめて本腰を入れた。
次回『赤い髪ひるがえり(3)』 「切れるのね。そういうとこよ」