猫耳社会に(5)
招待客が動向を気に掛けているのでそうとわかるが、キリク・ロンロン氏は特筆するほど威厳のある人物ではなかった。
撫でつけた黄色い髪は襟足に行くほど色が抜けたように白く、それが高齢を連想させてしまう。クーファと同じ金色の瞳も鋭さはなく、むしろ温和な感じさえ宿している。
痩せているのではないが社長の職にある貫禄には程遠い。どちらかというと実務に適した締まった身体をしていた。若い頃から当たり前に肉体労働をしていたように思える。
「あれがキリク氏で間違いない?」
揺れるウサ耳の下に視線を送る。
「うん、オンマぁ」
「父親をそう呼びます」
「ありがとう、ギム」
通訳してくれる。
六年前まで独自の言語体系で暮らしていたレジット人なので、一部の形容語句に名残がある。ルオーも彼女との生活の中で幾つか会得していた。
「話している人は誰です?」
アーギムなら詳しそうだ。
「ミソノーの財務相です。ダルシス・ザイグス氏はレジット製薬の誘致に動いてくださった方で、今の本社建設にも尽力していただきました」
「ご恩があるんですね。まあ、その分、働き掛けもあるようですが」
「事業規模が大きくなるほどに企業価値も上がってきたので、国への相応の貢献も求められています」
言うまでもなく、政治家が善意だけで動くわけではない。レジット製薬の事業形態を精査して、将来性を見込んでの誘致だったのだろう。それが結実した以上、収穫へと舵切りしたというところか。
「具体的には? いえ、外に話せるような話題ではありませんでしたね」
「ええ、ご遠慮ください」
そこまで信用されてはいない。黒猫娘にとって彼はまだクーファが懐いているだけの男でしかないのだ。
(少し粘っこい感じがするのがねぇ。 困ってるんじゃなければいいけど)
つい見定めしてしまう。
キリク氏を依頼者の目で見た。ミソノー来訪は仕事ではないので、そんな必要はないのに癖になってしまっている。ルオーは考えすぎだと反省する。
「隣は奥様ですか?」
「そう、ナンマぁ」
猫耳娘から返事がある。
「はい、奥方のジョラ様です」
「クゥの髪はお母さん譲りなんですね?」
「そっくりでしょぉ?」
嬉しそうに言う。
始めは染めているのかと思った緑の髪も、今は種族的特徴だと理解している。パトリックという恒常的に好みの色に染髪する人物が身近にいたので勘違いした。自然な艶のある色に染める技術は当たり前のものだ。
「目はオンマにもらったのぉ。緑に金は実りを表すんだって褒められたぁ」
両親に認められたのを自慢する。
「修行に出された子ウサなのに、親ウサがとっても好きなんですね?」
「親ウサは子ウサが嫌いじゃなくてぇ、好きにしていいって言ったのぉ」
「それに関しては家族のことなのでなんとも」
アーギムを窺うと視線を逸らす。
家族間に隔たりがあるのではなさそうだ。クーファも以前は両親のことをたまに話していた。しかし、パトリックに親離れできていないとからかわれてからは口にしなくなった経緯がある。
(まったく、余計なこと言うから)
自分が家族仲が良くないからといって余所の家族をどうこう言う権利などない。相方のそんなところは少々子どもっぽいと思った。仕方なく、見られないところで家族と話していたのだろう。
「オンマぁ!」
ダルシス財務相との長引く会話に囲みが薄れたところでクーファが呼ぶ。落ち着いてからと考えていたルオーは少し慌てた。
「お忙しくしてらっしゃるのですから、クゥ」
「でもぉ」
引っ張られる。
「おお、クゥ!」
「クゥ、おかえりなさい」
「ナンマぁ、ただいまぁ!」
母親の開いた腕の中に飛び込んでいく。ジョラは喜びを隠しもせずに抱きとめた。晩餐会らしくない光景ではあるが、キリク氏の醸し出す気安い空気の中で違和感はないものだ。
「すっきりした顔して。外は楽しい?」
「うん、楽しぃ。全部、ルオがくれるからぁ」
「いい人に巡り会えたのね」
突然のことにダルシス氏は鼻白んでいる。わずかに不快感がよぎった表情がルオーは気になった。しかし、政治的な交渉を邪魔されたからだと思い直す。
「お嬢様ですかな?」
「はい、娘のクーファです。ご紹介が遅れまして」
キリクは朗らかに答える。
「可愛らしい娘さんですな。将来が楽しみだ」
「いえ、十分に大人なのですが行動がいつまでも子どもで。困ったものです」
「そうでしたか」
財務相はまだサイズに騙されがちな様子だ。奥方のジェラより小さい144cmのクーファを見て、まだ子どもだと勘違いしたのだろう。
(女の子なら十歳くらいで伸びちゃう子いるからねぇ)
人類種の感性では同情を禁じ得ないところ。
「可愛らしいではないですか。うちの孫の嫁に来てほしいくらいですな」
「あー、いや、この子は……」
父親は口ごもる。
「クゥは別に偉い人になりたくないもん」
「はぁ? それはどういう?」
「え、可愛いから跡継ぎにするって言ったからぁ」
いつもながら発想が飛躍している。
「そうではなくてだね」
「じゃあ、なに?」
「うーむ」
「お気になさらずに。お話はまた後日ということで」
はぐらかされた形でダルシス氏は離れていく。秘書官がなにか話し掛けているので彼も忙しいはずだ。
「オンマぁ、ルオと来たのぉ」
「彼がそうか」
目を細めて見据え、足早に近づいてくるキリクにルオーは腰が引けた。
次回『猫耳社会に(6)』 「ルオにお持ち帰りされて食べられちゃったぁ」




