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猫耳社会に(4)

「どなたかしら?」

「見慣れん青年だな。お嬢様の知人だろう」


 レジット人(レジトリアン)たちもルオーのことは当然知らない。全方位から突き刺さる視線に彼ともあろう者が回避を断念したほどである。


「勘弁してもらえません?」

 泣き言がもれる。

「どうしたのぉ?」

「僕はこういうの苦手なんです」

「ルオは目立ちたくないそうですよ、クゥ」

 腕にクーファをぶら下げている状態では逃げる術もない。

「目立っても死なないよぉ?」

「妙に説得力あるところが厄介ですね」

「あきらめていただくしかありません」


 深く長いため息が青年の口をつく。一過性のものとは承知していても、現状が針の(むしろ)である。意識しないよう努力するしかなさそうだった。


「君お勧めのラッチネをご馳走してもらえます?」

 どうにか作り笑顔でお願いする。

「うん、こっちぃ」

「もうしばらくは社長もご挨拶で忙しいでしょうから時間を潰しておきましょう」

「手間掛けてすみません」

 アーギムは彼のアテンドをしている場合ではないはずだ。

「大丈夫です。社長には室長が付いているので」

「そうですか。君みたいに綺麗な人を独占するのは申し訳ない気分になります」

「え?」


 彼女は紫の瞳を真ん丸にして驚いている。ルオーにしたら当たり前のことを言ったつもりなのだが、普段言われ慣れていないのだろうか。


「変です?」

 急に不安になった。

「青緑の髪に紫の瞳なんて、ほんとに冴えますね。光沢のある黒い毛皮の耳とか、ドレスの色とマッチしててすごく際立ちますよ」

「あ、ありがとうございます」

「ルオはちゃんと褒めてくれるのぉ」

 クーファも嬉しそうに言う。

「クゥもぉ」

「はいはい。見慣れているオレンジのはずですが、こうして見るとやはり似合ってるんですね。トレードカラーにするだけあります。デザインでちょっと子どもっぽくなってしまっていますが、たまに着飾るにはいいんじゃないです?」

「うん、そぉ」


 くるりと回って見せる。可憐を絵に描いたような彼女は、まるでそういう種族の妖精のようだった。ふわりと靡くパニエ入りのスカートが目に艶やかだ。


「テーブルにまいりましょう」

 少し口数が減ってしまったアーギムは照れを含んだ声音だ。

「はい。楽しみですね」

「美味しいよぉ」

「滞在期間中にいっぱいいただきましょう」


 どうにか注目度も下がってきて人が散っていく。ルオーは二人に引かれるように一つのテーブルへと赴いた。


「へぇ」

「見た目はちょっとあれですが」


 思ったよりも大柄な魚種だった。それでも剛気に姿揚げにされているものも並んでいる。底魚らしく、ずんぐりむっくりの魚体にトゲの鋭いヒレと大きな口が印象的だ。胴体部分が体長の半分強くらいでしかない。


「こういう魚が実は美味なのはセオリーです」

 クーファは瞳を輝かせている。

「大胆にいくのがラッチネの醍醐味なのぉ」

「ふむふむ、骨太ですが意外と厚身なんですね」

「ソースをたっぷり付けてぇ」


 ナイフで切り分けた大きな白身をフォークに刺している。口いっぱいに頬張っている猫耳娘は幸せそうだ。ルオーも習う。


「む、これは」


 まずは味見と小さめに口に運ぶ。脂の乗った白身が甘みと芳醇な旨味を舌に伝えてくる。身は柔らかく、噛まなくてもほろほろと解けた。

 濃厚なソースは淡白な身に非常に合っている。付け方次第で様々な味わいを選べそうだ。下味にしてある塩とスパイスも程よく、旨味を深く演出していた。


「よく研究されています。酸味の効いたソースや甘酸っぱい餡掛けでも素晴らしい味わいになりそうなイメージです」

 論評にクーファは首をブンブン振っている。

「別のテーブルにありますよ。好みが分かれるところなのでそういう形にしてあるんです」

「行きましょう」

「巡回するぅ!」


 テーブル巡りをして存分に味わう。その頃になると視線も痛くなくなっていた。慣れてきたのもあるだろうが。


「一地方だけの産物にするのはもったいない。専用養殖プラントを開発して大々的に売り出してもいいような気がします」

 意見してみる。

「お話は時折り耳にしますけど」

「難しいのかもしれません。回遊魚と違って底魚は居着く性質なのでスペースが必要です。コストパフォーマンスが悪くて開発が進まない可能性が高い」

「そこまで真剣になりますか?」

 アーギムは呆れている。

「当然です。欲しいものがあるなら真剣に向き合うのが幸せに至る道筋なのですから」

「舌に限定されそうです」

「グルメは世界を救うのぉ」

 クーファと拳を握り合っていると黒猫娘も愉快そうに笑った。


(少しは楽しめてはきたけど、まだ難題が残ってるんだよねぇ)

 問題の人物は徐々に近づいてきている様子である。


「レジット製薬も財界の一角をなすほどに急成長してきておるのです。社長もミソノーでのお立場をよくお考えいただきたい」

 太った人物の隣でこじんまりとしているのが父親のキリク氏だろうか。

「そう申されましても、当社の製薬技術がどれくらい星間銀河圏に貢献できるかはまだ未知数です。医療技術は私どもが割り込む余地などないという観測もある状況ではですね」

「そうおっしゃられますな。無論、全体の貢献度を問えば高いとは言いかねますが、一部技術は人類の悩みの種を解消できるかもしれんのですぞ?」

「そうなのでしょうか。政府のバックアップをいただけるとしてもウイルス対策のみで勝負するのはいささか……」


 熱心に口説かれているのをルオーは呑気に眺めていた。

次回『猫耳社会に(5)』 「それに関しては家族のことなのでなんとも」

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