猫耳社会に(3)
実に惨めな仕上がりである。単にジャケットにパンツを合わせただけだというのに、見事に様にならない。ルオーはミラーパネルを前にげんなりとする。
「これほど強敵とは! お前、軍学校の制服は多少見れてなかったか?」
パトリックも唖然としている。
「あれはみんなが同じ格好してたから埋もれられたんです。似合ってはいませんでしたよ」
「お仕着せ感がすごいぜ。誰が着ても多少は格好がつくセットアップにしたっていうのに、ここまでくると希少だぞ」
「わかってはいたんです。しかし、我ながらどうにもなりませんね」
ジャケットをカジュアルにしようがフォーマルにしようが貧相な印象が拭えない。冴えないにもほどがある出来栄えである。段取りしてくれて、横で見ているアーギムなど目を丸くして絶句状態だった。
「どうしましょう?」
彼女は焦燥に駆られている。
「いっそ、思いきり砕けた感じにしてしまうか。浮いてしまうだろうが、どっちにしろ埋もれるのは無理ってもんだ」
「合わせてみないと想像できません」
「そうだな。軽めの皮のブルゾンってない? せめてワイルドにするとか」
選択肢が限られる。
「持たせます。少し待ってください」
「まいったね。オレ、他人のフリしていい?」
「お好きなように。あきらめてしまいたい気分です」
出席を見合わせるべきかと思った。クーファや両親に恥をかかせるようでは困る。会うのは後日でも構わない。
「ですが、参加なさると聞いてキリク様も奥様のジョラ様もお喜びになっていらして、今さらなんとも」
アーギムは弱りきっている。
「ガンゴスリのときみたいに、こっちがアームドスキン乗り前提のフィットスキンなら誤魔化しようがあったのにな」
「どうせアームドスキンパイロットなんて僕たち以外にいないような席じゃありませんか。足掻くだけ無駄です」
「そうだよな。どれどれ」
パトリックが届いた衣装を漁る。
「これか? これならギリか?」
「深緑の皮ブルゾンですね。目立たなくていいかと」
「はいはい、どうせ逃げ隠れが当然のスナイパーですよ」
あきらめの境地に至る。中のシャツもやめてしまい、光沢のない丸首の黒にしてブルゾンを合わせると幾らかマシな状態になった。見た目は完璧にオフの出で立ちだが、目立たないだけ浮く可能性は低い。
「私服と変わりませんけど?」
ハンドレーザーを吊るのに重めのブルゾンが多い。
「そうともいう」
「やりきった感を出さないでくれます」
「我ながら人生最大の強敵だったかもしれん」
パトリックは腰に手を当てて鼻息を吐いた。
「裏方なのは自認していました。これからはもっと邁進します」
「まあ、そうおっしゃらずに。クゥみたいに目立ちすぎる破天荒さはないほうが無難です」
「褒められている気がしません」
弁解しつつアーギムは下がっていった。女性は準備に時間が掛かるだろう。ドッと疲れてソファーにへたり込む。
(どうしてこんなことに? 計算外もいいとこなんだけどなぁ)
ルオーは珍しく緊張していた。
◇ ◇ ◇
華やかさとは無縁に生きてきた青年にはまぶしすぎる世界である。
威厳を放つ、恰幅のいい紳士たち。きらびやかなドレスにアクセサリをまとった婦人たち。ここぞとばかりにコーディネイトを決めた若い男性たち。可憐さを際立たせる彩りのドレスで華やぐ若い女性たち。
(隣にも一人、あっち側に属するのがいるし見劣りするなぁ)
ルオーは早々に壁沿いへと避難した。
「これ以上はオレにも無理だ。自分でどうにかしろよ」
「それで結構です。どうやら、しのぎきるだけで全戦力を使い果たす結果になると思いますので」
パトリックを味方に引き入れる度胸はない。逆に近くにいるだけであまりの差に余計な苦しみを背負うことになるだろう。無難に圏外にひそんで、失礼に当たらない時間を耐えきるのが順当である。
ところが騒動は向こうからやってくる。
「ルオ、どこぉ?」
「必ずいらっしゃいますからゆっくり探しましょう」
「いやぁ。一緒がいいのぉ」
騒々しくも目立つ一団がパーティー会場を横断している。あまりに目立つ二人が、さんざめく人々を引き連れてやってきていた。
「もしかして、クーファお嬢様?」
「いつ帰ってらっしゃったのかしら」
「ご挨拶さしあげなければ。うちのはどこ行った」
注目の的である。あまりの強敵出現に彼の全身は泡立つ。どうすれば逃げきれるかで頭がいっぱいになる。
(可愛いのは間違いないんだけど)
今夜のクーファはふわふわとしたオレンジのドレス。花を模した意匠がポイントになっていて、腕や足、胸元などいつもより格段露出が多い。可憐そのものである。
隣を飾るアーギムも青みのある黒のシックでタイトなドレスだが、彼女の冷たい美貌を見事に演出している。ほっそりと白い手足が暗色から伸びる様は美の彩りであった。
「見つけたぁ」
「ほら、いるでしょう?」
見とれていると目が合ってしまった。慌ててももう遅い。彼女は突進してくる。人類種も多い中で低身長のクーファは埋もれるはずなのに、どこにいるかは明白だ。なにしろ、今日もウサ耳は標準装備だったのである。
「ルオ、なんで待っててくれないのぉ?」
「入口で待っててくださるようお願いしたはずですけど」
(いや、君たちといると確実に目立つからだよ)
明言できる。
人々の耳目が集中して、戦慄するルオーであった。
次回『猫耳社会に(4)』 「妙に説得力あるところが厄介ですね」