猫耳社会に(1)
「船体メンテナンスですか?」
「そうなのー。その他諸々ぉー」
ティムニの二頭身アバターが可愛いポーズでルオーに告げる。
コッパ・バーデに長居した所為で、星間管理局マーカーの付いた依頼を何度もスルーする。不義理を取り戻すのに、ここ一ヶ月で二件ほど管理局の仕事をこなし、そろそろ通常営業に戻していいかと考えた頃合い。自室で彼女に出足をくじかれた。
「わかりました。ドックでお休みにします」
どこかは知らないが施設くらい付属しているだろう。
「いいー。近くで降ろすから、そこで待っててー」
「そうですか。暇させるのが気兼ねならそうしましょう」
「んじゃ、この範囲でー」
宙図に範囲指定される。一点を中心にした真球なのでティムニの行き先は一目瞭然なのだが知らぬふりをする。なんとなく干渉しすぎないのが二人の仲の礼節だと思ったのだ。
「超光速航法一回で行けるとこー」
彼女も明言する。
「この範囲ですか。惑星国家は幾つもあるし、行ったことない場所も多いですけど……」
「アームドスキン降ろさないー。仕事抜きでー」
「わかりました」
タイタフラ宙区での仕事は何度もしているが、全ての国に立ち寄った経験があるわけではない。目新しい場所でグルメ探索するのもいい。幸い、懐は十分に温かい。
(これ食べてみたいって思ったものがある国があったっけなぁ? ん、ちょっと待て。ここって確か……)
記憶に引っ掛かる国名がリストにある。
「ここにします。惑星ミソノー」
「ミソノー? ああ、ここだとあれー?」
ティムニは即座に納得する。
「はい、一応義理は通しといたほうがいいかなと」
「いい機会かもー。あたしも興味あるー」
「通信網に困るようなところには行かないようにしますよ」
彼女も同席したい様子だ。都市部なら超光速通信からの接続できる通信網に困る場所はまずない。休暇とはいえ都会から離れる必要もない用事のはずだ。
「じゃあ、跳ぶねー」
「よろしくお願いします」
即断即決で目的地が決まり時空界面突入する。タイタフラ宙区は隣だったので超光速航法の回数も二度ほどで到着した。
「お休みってここぉ?」
着いてすぐクーファが目を丸くする。
「ええ、惑星国家ミソノーです。たまには里帰りくらいしてください。確かご両親は本社のほうにいらっしゃるんですよね?」
「ん、いるぅ」
「顔を見せてさしあげてください。僕は適当に過ごします。頃合いを見て、一度挨拶くらいはしようと思ってますので連絡しますね」
前に猫耳娘の父母がレジット製薬本社勤務だと聞いていた。
「無理かもぉ」
「勝手に連れまわしたので怒ってらっしゃいます?」
「ううん、違う意味ぃ」
彼女の言葉はすぐに証明された。戦闘艇ライジングサンを首都ルビスタの宙港に降ろしたばかりというのに人が待ち構えていたからだ。
「ギム、来ちゃったぁ」
クーファの知人らしい。
「確かにレジットの方ですね。久しぶりにお目に掛かりました」
「お迎えぇ」
「お迎え?」
クーファのいた薬局に寄って以来、どこの国のレジット薬局にも立ち寄っていない。彼女以外のレジット人に出会うのは三度目だった。
「おかえりなさいませ、クゥ」
ギムと呼ばれていた女性がタラップの下で待っている。
「わたくし、アーギム・ピンデルと申します。お迎えにあがりました。宙港ゲートの外に車を待たせてありますのでお越しください」
「アーギムさんですか。ルオー・ニックルといいます」
「パトリック・ゼーガンね。よろ」
相方は小柄なレジット人がストライクゾーン外なので興味なさげにしている。
非常に礼儀正しく迎えられて面食らう。クーファが最初から砕けすぎだったので、レジット人にそんな先入観を抱いてしまっていた。こっちが普通なのだろう。
「お忘れですよ?」
しかし、ついカマを掛けてしまう。
「…………」
「これをどうぞ」
「……感染していらっしゃるのですね?」
ルオーが差し出したのはウサギの付け耳である。今日ももちろんクーファは装備済みであった。堅い空気を和らげるつもりだったのに冷たい瞳で睨まれてしまった。
「ルオったら駄目だめぇ」
クーファにまで注意される。
「ギムは猫耳派ぁ」
「ダブル猫耳ですか。それは迂闊でした」
「違います」
小気味のいいツッコミが返ってくる。
「数で勝負するぅ」
「なるほど。それは盲点でした」
「理解しました。そういう方でなければクゥとは付き合いきれませんものね」
あきらめの境地といった反応だ。かなり付き合いは深く、クーファをよくよく理解している様子である。
「ともあれ、ご両親は帰郷をご存知のようですので喜ばせてあげてください」
背を押す。
「いえ、皆様をご案内するよう申し付けられております」
「僕たちもです? そんなに怒ってるとは。遠慮するわけには……?」
「怒ってる? なんのことかは存じませんが、雇い主はお二方ともお話があるようですので、よろしければご同行ください」
一礼されては拒むのも難しい。
「パットもいいです?」
「別に構わないさ」
「では、ご招待に預からせていただきます。雇い主とはクゥの家? どういう関係です?」
単なるクーファの友人とは違うようだ。関係性の確認の必要性を感じた。
「私の雇い主はレジット製薬社長のキリク・ロンロン様です。ご令嬢とお二方のお迎えとして上がりました」
「社長令嬢?」
ルオーは冷や汗が背中に吹き出た。
次回『猫耳社会に(2)』 「逃げる準備だけしときますか」