新しい朝に(10)
「駄目だった?」
「うん、断られちゃった」
「やっぱり難しいかぁー」
目元を赤くしてメイク直しをしているケイティをオリガは慰めてくれる。皆、集まってきたので急いで誤魔化した。
「いえーい、どうだ!」
パーティーが始まるとオーサムが調子に乗って優勝カップを掲げる。そのクワンシーカップはカフェに展示すると宣言した。
続けて自慢げに表示させたのは優勝賞金。一般人ではなかなか一度に手にはできないほどの高額賞金である。金額を自慢したいのではなく、すぐ上書きして配膳ロボと清掃ロボ、新調する調理機材一式の発注票に変える。公約どおりカフェの運転資金にすると示したいのだ。
「もう、エシュメールの営業は心配ないぜ。安心して通ってくれ」
朗らかに笑う。
「よっ、太っ腹!」
「格好いいわよ」
「任せとけ」
合いの手が飛ぶ。
「ほとんどパトリックとルオーのお手柄だったけどね」
「うるさいって」
「否定はできないけどさ」
ストベガは躊躇いもなく認める。彼は自慢よりはやり遂げた感のほうが強い様子。約束を果たせたほうが嬉しいのだろう。
「では、依頼の完了手続きをさせてもらっていいです?」
ルオーが割り込む。
「そうだった。しゃーない。半分持ってけ」
「支払い確認しました。では、僕からカフェ存続へのお祝いとして半額を寄付させてもらいます」
「なんだって?」
気前よく振込手続きをした。
「そんな!」
「諸経費含め十分にいただいてますよ。問題ありません。これは先払いです」
「先払い?」
青年は突飛な提案をする。一同、呆気に取られる。彼になんの得があるというのだろうか。
「僕たちがいつカフェにやってきても必ず目新しいメニューをただで出してください。約束ですよ?」
「そのくらい、お安いものだけどほんとにいいの?」
オリガが申しわけなさそうに言う。
「つまり、勝手にやめてはいけませんということです。結構、勝手な縛りだと思いますけど?」
「そう言われればそうかぁ。半分好きでやってるから困らないけど」
「僕とクゥにとって、その好きがいちばん大事な点です。約束してくださいね?」
オリガは快く承諾する。
提案はそれで終わりではなかった。ルオーはカフェの隣を指さして言う。
「ちょっと調べましたんですが、売りに出されている横のスペースがちょうど見合う金額でした。買い取ってカフェテラスにするのがお勧めです」
確かに合致する。
「うお、それじゃ発注分の機材じゃ足りなくなるじゃん。資金に余裕あるけど」
「改装しないといけないので、すぐには無理ですから時間的余裕はありますよ。どうせキッチンの人手も足りなくなります。募集と指導、忙しくなりますよ」
「そうねぇ。今でもウチ一人じゃまわんないときあるし、潮時かも」
経営戦略まで網羅している。
「無理やり存続させる気なのね」
「はい、僕は真剣そのものです」
「ないと困るのぉ」
クーファも賛同する。
味落としたら叱られるとか、手広くやって大丈夫なのかとか、色々と議論になる。常連も加わってカフェの将来を語り合った。
「でも、チームが解消しちゃったから、今後は資金大変じゃない?」
「メンバー補充しないと」
常連たちはチームの心配もしている。
「二人に残ってもらえば?」
「そんな心配はありません。もう、アポイント来てるでしょう?」
「う……」
オーサムが気まずそうにする。
「実はね」
「バラすのか、チャイカ?」
「でもさ、本当だし」
企業からワークスチームへの加入や発足メンバーに加わるようアポイントが入っていた。チャイカ曰く、六つもあって選び放題の状態らしい。
「そのために勝利者インタビューで解散宣言したんですから」
計画的だった。
「読んでた?」
「そうですよ、チャイカさん。今の実力の二人を企業が放っておくわけありません。君も含めて高く売りつけてあげるといいです」
「うん、シュナイクとペルセ・トネーのデータ込みでかなり破格の契約提示もある。チーム『エシュメール』のままでやってほしいって」
すでにネームバリューがある看板を外す必要もない。
「もう君たちは選手でやってくプロじゃん。請けない手はないね」
「そうだよね」
「話し合って決めるといいさ」
パトリックまでもが積極的に勧める。多少は愛着が湧いたのだろうか。
「ルオー、行っちゃうの?」
「もう遊べない?」
フュリーとレンケも別れを察する。
「また来ます。僕はたまに来る気前のいいお兄さんです。忘れないでくださいね」
「うん」
「また遊ぼ」
悲しげな面持ちになるが、まだ雰囲気に流される幼さである。クーファに連れられて走りまわっているうちに笑顔に戻った。
(絶対にまた会える。それまでに吹っ切っていないと困らせちゃう)
今は作り笑顔で勘弁してほしいケイティだった。
◇ ◇ ◇
「お前、もったいないことするな。ありゃ、ついてこいって言ったら確実だったぞ?」
「簡単に言わないでください」
気軽に言うパトリックにルオーは閉口する。コッパ・バーデを離れるライジングサンの操舵室でのことである。
「彼女たちは地に足ついた生活が似合っている人ですよ。間違っても宇宙屋なんて向いてません」
断言する。
「それより、感謝してます」
「なんのことだ?」
「子どもたちの手前、関係者には手も口も出さないでいてくれたことですよ」
意外にもケイティたちを一度も口説こうとしなかった。
「パッキーにも自制心があるなんて食欲が落ちるほどビックリなのぉ」
「ひどい言い様だな。しかも、ダメージでかいな」
「ええ、とてもクゥの台詞とは思えません」
ルオーは程よい関係性に安堵感を得ていた。
次はエピソード『魚心あれば水心』『猫耳社会に(1)』 「一応義理は通しといたほうがいいかなと」