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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
二度あることは三度ある
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新しい朝に(9)

 カフェ『エシュメール』でチームの優勝祝賀パーティーが催される。と言っても、古参の常連を招待した程度の規模の小さいもの。


(わたし、オリガみたいに送別会も兼ねてなんて気軽に言えない)

 ケイティは気を紛らわすように準備に勤しむ。


 終わればルオーは去ってしまう。最初は器用なだけのパッとしない青年だと思っていたのに心奪われていた。クーファという存在がいて、彼女の想いも察しているのに自分が止められない。


(一度決めたら真摯に向き合う人。有言実行で、そのために全力を尽くす人。あんな人が傍にいてくれたら、守ってくれたならどんなに心穏やかに生きていけるだろう)


 母親の精神状態になっている自覚はある。自然と安定を求めている。その感覚がルオーのような男を欲している。


(ズルいのかな。でも、間違ってないって確信があるの。わたしにとって特別になっちゃった)


 偶然の重なりの中で巡り合った幸運。安易にあきらめてはいけないと思う。せめて、言葉にしなければ始まらない。


「あ……」

「すみません、手伝えなくて。後始末がありまして」


 彼の顔を見ただけで瞳が揺れてしまった。逸らしたくて仕方ない。でも、一度逸らしてしまったら後悔に苛まれてしまうとわかっている。だから、勇気を出した。


「ちょっと、いい?」

 料理に釘付けのクーファから引きはなす。

「なんです?」

「少しだけ」

「かまいませんよ」


 物陰に連れていく。祝い事の前にする話ではないと理解しているのに、パーティーに入ってしまったらもう切り出せなくなる自覚があった。


「お願いしてはいけないのかしら」

 直接的な表現が気恥ずかしくて遠回しになってしまう。

「僕にできることなら」

「ええ、あなたにしかできないこと」

「聞きましょう」

 一呼吸置いて真正面から見つめる。

「ずっと幸運続きだったわ。あなたが偶然カフェを訪れてくれた幸運。メニューを気に入って依頼として支援したいと言ってくれた幸運。そして、三度目。本当にメジャートーナメントで優勝して支援してくれた幸運」

「…………」

「四度目を望んでしまうのは強欲なのかしら。あなたがずっとわたしの傍にいてくれるって約束してくれる幸運を望むのは」


 ルオーは思案顔になる。困らせていないのはマシだと思う。しかし、告げた想いで喜びの表情に変えられたわけでもない。考えているのは、つまり拒む理由を探しているか、どう説得するか悩んでいるということ。答えは出ているのだ。


「ケイティさん」

 優しい声音が彼女を傷つける。

「こんな身勝手な男に心許してはいけません」

「身勝手だなんて……」

「そうなのですよ。あなたにとってはなにもかもが幸運だったでしょう。そう感じられるように立ちまわっていましたから」

 全てが計算ずくだったという。

「同情や憐憫ではありません。あなたやフュリー、オリガさんやレンケ、チームのみんなも幸せでいてほしいと僕が望んだ結果ですから」

「そのとおりにしてくれたわ」

「ええ、だから、それは一面でしかないのです」


 苦笑いが混じる。それは自嘲なのだと感じられた。彼の中には後悔があるのだと覚る。


「手段としてクロスファイトを選びました。最も効率的だったから」

 滔々と説く。

「それが打ち負かす相手にとっては不運でしかないとわかっているのに」

「でも、それは勝負の世界なんじゃ……」

「もちろん、クロスファイトそのものはそうです。ですが、僕はあの世界の住人ではないのですよ。彼らにとっては異物でしかない。奪うだけに訪れた異端です。許せるものではない」

 青年はずっと広い視野で物事を捉えていた。

「そう思われるのを承知でずかずかと踏み入って奪っていった。迷惑以外の何者でもないでしょう? これを身勝手といわずなんといいます?」

「そう……かもしれないけど」

「その程度の器なんです。もし、僕が残ってあなたを幸せになんて誓えば、いつか気づいてしまうでしょう。その裏側に多くの不幸を生み出していることに。きっと、あなたを余計に傷つけてしまう」


 考え方ややり方が強引なのだとルオーは自嘲しているのだ。行きずりに幸運を振りまくのはいい。仕事としてそういう面がある。

 ただ、誰かを幸せにするには考え方を改めなくてはいけない。そこの社会に溶け込む努力が不可欠だ。しかし、それは彼がやりたいことではないのだと言う。


「だから、いつも偶然の幸運でいたいんです。その場限りであれば、万が一気づいたとしても痛みは小さいですから」

 幾つもの矛盾が彼の中に渦巻いている。

「だったら、誰があなたを幸せにしてくれるの?」

「難しいですね。でも、もしかしたら、似たように社会に溶け込みにくい人となら、ずっと一緒にいても大丈夫かもしれません」

「ふ……」

 肩が落ちる。


 そういう存在はすでに彼の傍にいるではないか。道化を演じていながら、どこか一線を引いて人を見つめている彼女が。多くを求めず、ただ居場所だけを求めている彼女なら決してルオーの邪魔にはならないし、人間関係で傷つくこともないだろう。


「少しだけ許して」

「ええ、今だけなら」


 涙の落とし場所に胸を貸してくれる青年にケイティは最後の甘えを求めた。

次回エピソード最終回『新しい朝に(10)』 「では、依頼(オーダー)の完了手続きをさせてもらっていいです?」

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