新しい朝に(8)
「侮るなぁー!」
「違います」
マイク・セリックはルオーが余裕があると言ったのは実力差のことだと思った。しかし、マッチアップの相手は即座に否定する。
「白兵戦での強さはあなたのほうがずっと上ですよ。近距離機動砲撃戦をする相手に不慣れなだけです」
マイクの放った渾身の斬撃は力場盾で止まったまま。
「だが、お前は!」
「ブレードはこの距離でもその気になれば変化させられる。でも、ビームって曲がりません」
「当たり前だ」
技術的に可能だとされているが実現はしていない。
「はぐらかすのに僕は間合い調整をしてるんです。差があると言ったのは……」
「なに!?」
「これです」
ルイン・ザがリフレクタで受けたまま踏み込んでくる。ブレードとの接触箇所で激しい紫電が舞い散っていた。濃緑のアームドスキンはそこからさらに膝を入れて押してきた。
「くおっ!」
「パワーゲインです」
マイクのファジータ3が突き倒された。決勝に至るまで対戦相手の機体にパワー負けすることなど一度たりとてなかった新機種が。口にはせずとも、明らかに性能差があると感じていたというのに、だ。
「そんな馬鹿な……」
「すみませんが優勝はいただきます。不運にも犬に噛まれたと思ってください」
必死にリフレクタを向けるがどうにかなる相手ではない。ビームに隙間を抜かれて脚が機能停止する。立てなくなり、せめてもの抵抗とビームランチャーを向けたところに直撃を受けた。モニタに「撃墜判定」の文字が大きく浮かぶ。
「あああ!」
「では」
頭を抱える彼を置いてルイン・ザが走り去っていく。もうメンバーを救う術もなかった。
「なんと、ここでマイク選手がノックダウーン!」
リングアナの宣言が耳に痛いとマイクは煩悶した。
◇ ◇ ◇
「試合開始から九分! ついについに均衡が崩れたぁー! 先に大きなリードを奪ったのはエシュメールのほうでした!」
リングアナは思いもしない展開に吠える。
マイクはコッパ・バーデのクロスファイトでは最強チームのトップエース。事実上、選手の中では敵なしだと思っていた。
いくらルオー選手が特殊スタイルを持ち込んだとて良くて五分、立ち回り次第で上まわるはず。ところが、一対一で傷さえ付けられないとは予想外もいいところだ。
「しかし、まだ同数です。帰趨はまだ決まっておりません」
「ですが、精神的ダメージはあまりにも大きい」
解説のロバートはもう一方の戦局からも目を離していない。
スティープル内に入ってからのエシュメールの動きは目覚ましかった。特にシュナイクとペルセ・トネーが二対二で一方的に押している。パトリック選手のカシナトルドが二機を受け持って牽制してくれているのも援護になっているが、そちらも勝負がつきそうな流れである。
「リーダーを失って乱れたか、タイタロス」
露骨に逃げはしないが腰が引けている。
「オーサム選手のパワーアタックで叩きつけられた。そこに待っているのはストベガ選手だ。全力の斬撃が振り抜かれる!」
「もちませんでしょう」
「リフレクタを弾かれた。返す一撃が機体を薙いでいく。これは決定的!」
一機が落ちるともう形勢は決した。残る一機も二人の猛攻に耐えきれない。パトリック選手と渡り合っていた二機のファジータ3にも狙撃が襲い来る。
「総崩れです! これは、これはまさかの!」
「勝負ありましたな」
「タイタロス全滅ぅー! クワンシーカップ優勝はチーム『エシュメール』でーす!」
ドーム天井近くでチーム名とお祝いの大きな3D文字が踊る。グラフィックの花火も周囲を飾った。派手な演出の音楽も観客の歓声に掻き消されている。
「では、勝利チームインタビューに入りたいと思います」
激戦を制して安堵したか、脱力していたオーサム、ストベガ両選手もセンターのオープンスペースにやってくる。早々に飛び出してきて声援に応えていたパトリック選手はまだ元気だ。ルオー選手は彼の陰で目立たず控えている。
「おめでとうございます、オーサム選手」
まずはリーダーから。
「ありがとうございます」
「メジャートーナメント初出場、初優勝の快挙をどう感じておられますか?」
「信じられませんよ。まだ手が震えてる。なあ、これ、どうしたら治まるんだ?」
ストベガは「ぼくに訊くな。同じなんだから」と答えている。
幾つか質問を重ねるも興奮冷めやらぬようで感覚的な返事しかない。技術や自信が伴ってくるにはまだ経験が足りないと感じた。
「最後にルオー選手。素晴らしい試合でした。これからはマークも厳しくなると思いますが、どう対応するのでしょう。まだ隠し玉をお持ちですか?」
「これからはありません」
はっきりと言う。
「民間軍事会社『ライジングサン』の依頼は完遂しました。現体制のチーム『エシュメール』はこれで解散です」
「はい?」
「選手としての活動は依頼の一環だったので終了です。応援ありがとうございました」
あまりに淡々としている。
「そんな……。優勝ですよ?」
「ええ、目標達成です。次の依頼が待ってますのでコッパ・バーデを離れることになるでしょう」
「はあぁー?」
リングアナは呆れるばかりだった。
次回『新しい朝に(9)』 「お願いしてはいけないのかしら」