新しい朝に(2)
新メニューのアレンジやルオーの兄妹の話で盛り上がっているうちにチームメンバーもやってくる。パトリック以外が揃った。彼は夜遊びの所為で時間ギリギリにならないと顔を見せない。
「こんなことしてる場合かって気分なんだけどよ」
オーサムの表情は固い。
「週末はとうとうメジャートーナメントの決勝なんだぞ、決勝。一年以上ノービスで揉まれてただけの俺たちが、だ。週明けだって休養してていいのかって、練習しなきゃならないんじゃないかって気が気じゃなかった」
「焦ってる焦ってる」
「からかうなよ、オリガ」
茶々を入れられても怒りだしもしない。
「今さら一日数時間分練習を増やしたって変わりません。それより疲労のパフォーマンス低下のほうが足を引っ張ります。パットを見習ってください。今も寝こけてます」
「あいつほど自信の塊じゃないんだ、俺もストベガも」
「ぼくも作戦会議くらいはしておきたいかな」
ストベガも苦笑いしている。
(ビビってるんだ。予想以上の大舞台だもの。仕方ないわよね)
ケイティは同情する。
(いつもどおりでいろってほうが大変。ルオーは平常運転そのものだけど。度胸があるんだか、自信があるからなんだか)
「今使っている実機シミュレータプログラムはしっかり手を入れてあります。勝ち上がるごとに試合のデータをフィードバックして対戦相手のレベルが上がるように」
ルオーは事もなげに言う。
「そうなのか?」
「気づかなかったでしょう? 君たちのパイロットスキルもそれに応じて上がっていたということです」
「少し手応えが変わってたのは、やっぱりそれなんだ」
ストベガは自分の手を見ている。
「ブル・アックスの選手を向こうに張って五分に戦闘してたんですから実感しててもよかったんですけどね」
「そういやそうだ」
「もしかして、そのためにブル・アックス戦で援護少なかったのか?」
呑気な青年は「多少は手心を」と言い添える。
実際に実力は上がっている。自覚させるために際どい判断をしていたとしたら相当な度胸だ。ルオーは完全に決勝を見据えた行動をしている。
「なので心配ありません。そろそろ頭打ちのはずです。一気に上達するものでもありませんし」
十代後半のような異常な伸びはしないと言う。
「正直、目が覚めたらすっごく腕上がってないかなって思うことあるがよ」
「そんなの身体が追いつかず振りまわされるだけですよ。それより、今の実力を馴染ませるほうが確実なスキルアップです」
「そういうもんかもね」
ストベガは親友の肩に手を置く。オーサムは自身を納得させるように何度も深呼吸をしていた。これまで何度も経験してきた光景にケイティも安心する。
「でもよ、お前も見せたくなかった最後の切り札使わされて困ってるって言ってたじゃん。あのショートレンジシューターってやつ? 大丈夫なのかよ」
オーサムの不安は色々らしい。
「そうですねぇ。使いたくなかったのは嘘じゃありませんけど、使ったら使ったで構わないかなとも思ってますよ」
「お前、ほんと気楽すぎないか?」
「どうにでもなれって意味じゃないです。見せすぎてはいませんから」
「見せすぎる?」
確かにルオーが躍動した時間は一分に満たなかった。
「失点なんて知れてます。むしろ、今頃対策に焦っているのはタイタロスのほうでしょう。僕がどれくらい動けるか推測さえできない。まともな対処ができるとは思えません」
「意地悪。そんなプレッシャーの掛け方する?」
「ええ、僕は意地が悪いですよ、オリガさん。切り札っていうものは、そんなに安いものじゃありません」
追い詰められて仕方なく切っただけの手札ではなかったという。どうせなら、決勝に向けて対戦相手を困らせる切り方をしたのだと説明した。青年の強かさに一同は舌を巻く。
「僕がどこでどんな形で動き出すか戦々恐々としているでしょう」
ルオーははっきりと告げる。
「実力はあっちのほうが上なのは間違いありません。万全の状態で対戦したりはしませんよ。プレッシャーは掛けさせてもらいます」
「怖っ! お前が敵じゃなくて良かったってとことん感じてる」
「強いほうが勝つのは道理ですが、そのときにどれだけの強さを発揮できるかが勝負の分かれ目になります」
そこまで言われるとオーサムの顔色も戻ってきた。作戦らしい作戦も話していないのに、簡単には負けはしないと思わせられている。
「実力が付いてきても実際に動くかどうかは機体次第じゃない。どうすればいいのよ」
それ以上に顔色が悪いのは整備士のチャルカであった。
「ああ、もう一回チェックしたい。ううん、一回バラして全品確認したい」
「馬鹿やめろ勘弁してくれ」
「そうだよ。やっと馴染んできた頃合いなんだから調整を変えないでくれ」
オーサムもストベガも焦りまくりだった。
「でもぉ……」
「お前を一番信頼してるから」
「そうさ。チャルカがいてくれるから今までやってこれたのは本当だ」
チームメイトに宥められて少しは落ち着きを取り戻すチャルカ。クーファではないが、耳が垂れた猫のような有り様だった。
「大丈夫ですよ」
ルオーも覗き込んで言う。
「ライジングサンはチーム『エシュメール』の明日を暗闇に閉ざしたりしない」
頼り切ったふうに誰かに泣きつく親友なんてケイティは初めてだと思った。
次回『新しい朝に(3)』 「いきなりの大舞台に緊張なさってませんか?」