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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
二度あることは三度ある
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新しい朝に(1)

 今日はカンスの日。週末は盛況だったが、週も中頃になればカフェ『エシュメール』も落ち着きを取り戻している。一日の休養を経てチームのほうも通常に戻り、開店前の準備作業をルオーが手伝いに来てくれていた。


「ゆっくりとしていてもいいのに」

「サービスデーはやることないんですから構いませんよ」

 ケイティが遠慮しても譲らない。


 ファンサービスに設定している日なのでいずれメンバーは集まってくる。それも、夕方の時間帯に催す告知をしているので開店してからで十分間に合う。


「僕のつまらない顔を見に来るファンなんていません」

「そうかしら?」


 パトリックは言うまでもなく、オーサムやストベガも男らしい顔つきをしているのでファンが付きはじめているのは確かだ。しかし、ルオーは常連の老婦人や母親に連れられてくる子どもたちにウケが良い。


(まあ、ファンと言っていいのかどうか怪しいけど。人柄の問題だもの)

 くすりと笑う。


「それに、この時間帯でないとオリガさんの試作品に出会えませんから!」

「早く出すもの出すのぉ!」

 一緒に来たクーファまで強調して言う。

「借金取りか!」

「お手伝いの正当な報酬を要求するぅ!」

「あんたはルオーの周りで賑やかせているだけでしょ」

 パティシエと猫耳娘が応酬している。


 彼女は専用プログラムで素材を作る自動調理器(オートクッカー)を次々と設定していく青年のあとをついていって指差し確認しているだけ。中身を理解しているとも限らない。それでもオリガは試作メニューを二人の前に置いた。


「これは、ずいぶんとコンパクトな」

 器でなくスタンドに乗せられている。

「こんなものでお腹はいっぱいにならないぞぉ!」

「どこの活動家よ! これは子供用メニュー。これ一つで済ませるようなものじゃないの」

「子ども用? だから手持ちできるようにしてあるんですか」


 スタンドに乗っているのはワッフルコーン。その上にクリームが螺旋を描いている。いわゆるソフトクリームである。

 ただし、小さく刻まれたドライフルーツが顔を覗かせていた。クリームに混ぜ込んであるのだ。まるでスケールダウンしたパフェを手に持てるようにしたような作りになっている。


「投影パネルに試合のライブとか映すと、小さな子ってなぜか下に集まるでしょ?」

 そういう光景が増えている。

「レンケもそうだけど。テーブルを離れても食べられるメニューのほうがいいかと思って」

「それでいて、安価なクリームだけの仕立てにはせず、ドライフルーツのデコレーションで差別化したと?」

「せっかくスイーツカフェに来たんだもん。味もしっかり楽しんでもらわなきゃ」

 ケイティとオリガで相談して子どもが好みそうな形式を選んだ。

「見た目をグレードアップして客単価も下げないようにしましたか。オリガさんも悪ですね?」

「バレた? ちゃんと考えてるんだから」

「ともあれ、いただいてみましょう」


 クーファは小さな子みたいに長い舌で舐め取っているがルオーは一口頬張る。青年の眠そうな目がカッと開いた。


「こ、これは!」

「ここはカフェ『エシュメール』よ。子供騙しなわけないじゃない」

 シェフは自慢げだ。

「滋味深いクリームだからこそ活きるドライフルーツのライトな甘み。それでいて、程よく戻ったウェットな表面から酸味がクリームに溶け出してアクセントになってます。ドライフルーツも種類の違いでそれぞれ異なる味わいを生み出してるなんて。一口ごとに新鮮なマリアージュが口の中でダンスを演じます。これは憎い演出です」

「わかるー?」

「シェフを呼ぶのぉ!」

「いや、ここにいるから」


 猫耳娘は夢中で舌を動かしている。あっという間になくなってしまった。金色の瞳を爛々と輝かせておかわりを求めている。


「贅沢ですね。原価もかかってます?」

 ルオーが珍しいことを尋ねる。

「ドライフルーツはちょっとバラエティ加えているから手間かな。でも、大量入荷するから気にするほどじゃない。クリームもオリジナルの調整しているだけで原料はありきたりなものよ」

「だったら、一個までは落としちゃったりしても代わりを出してあげられません? 子どもって立ち歩いたり、なにかに夢中になったりするとつい手が滑っちゃうものです」

「あ!」

 青年は「単価を調整しても構いませんから」と付け加える。

「メニューにも追記してあげると親切ですね」

「そうだった。レンケもそうだもん。気づかなかった」

「チープじゃない分、お父さんやお母さんも気掛かりだものね。そのほうが少しは

気兼ねないかも」


 現実問題、子持ちだと色々と気を遣う。わずかでも軽減してあげる心遣いがあれば親も腰が引けずに注文できるというもの。味に自信があろうと、サービスまで行き届けば売れ行きは格段に違うだろう。


「よく気がつくもんね?」

 オリガが感心している。

「小さかった頃、妹もよくソフトクリームを落として泣いてたんですよ。宥めなくてはならないので大変でした。そんな折りに、店員さんが気を利かせてただでもう一つサービスしてくれたのを思い出したんです」

「すぐに機嫌が治っちゃった?」

「はい。心遣い一つで皆が幸せになるもんだと父も感銘を受けていました。まあ、それでお店が損をするほどの原価でもなかったんでしょうけど」


 ルオーが軽口で締めたのでケイティも気楽に笑えた。

次回『新しい朝に(2)』 「焦ってる焦ってる」

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