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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
世の中ままならない
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今に至る(4)

 コクピットの球面モニタ代わりに映し出した投影パネルに映っているのはルイン・ザの頭部カメラからの映像。カシナトルド越しにピクニックシートの様子が覗き見え、マイス氏が夫人のスフォビアを気遣う姿が。


「ぼく、シュルグ、嫌い」

 ルオーはピンときたが尋ねる。

「どうしてです?」

「マムを取っちゃうから」

「そうでしたか」

 小さい子にはありがちな感情である。

「でも、シュルグ君はまだ赤ん坊です。わざとやっているのではありませんよ?」

「わざとじゃなくても取っちゃうもん」

「ええ、ダントン君もお母さんに甘えたいですもんね」


 五歳の子どもにとって母親はまだまだ切っても切れない存在である。むしろ、この時期の愛情が子どもの情緒形成に大きく作用するといってもいい。そんな理屈抜きで子どもは母親を求めるものである。


「もちろん、お母さんもダントン君を嫌いになったんじゃありません。まだ、赤ん坊のシュルグ君はどうしても手が掛かってしまいます。それは一緒にいる君が一番わかってますよね?」

 渋々といった感じで頷いている。

「でも……、だって、シュルグばっかり!」

「お母さんはダントン君も愛してます。なのにシュルグ君のお世話が大変なので君にまで手が回らなくなっているんです。さあ、どうすればいいのでしょう?」

「どうする?」

 同情でなく疑問を投げ掛けられるとは思っていなかったか目を丸くしている。


 どうやらマイス氏も息子の心情は察しているようだ。自身は忙しくてダントンに割ける時間が少ない。ふさぎ込みがちな彼を思って一計を案じたらしい。

 会話に出てくるアームドスキンへの興味を読み取り、今回のピクニックを計画したのだろう。君のこともきちんと大事に思っているよと伝えたいのだ。しかし、母親の様子が変わらなければ子どもには伝わりにくい。


「お母さんはシュルグ君に掛かりきりになってしまう。それはお世話が大変だからです」

 ダントンも理解している。

「でしたら、お世話が楽になるといいのではありませんか?」

「シュルグが大きくなるまで待たないといけないの?」

「いいえ、ここにはシュルグ君の憧れになりそうな立派なお兄さんがいるではないですか」

 少年は目をパチクリさせる。

「シュルグが憧れる?」

「ええ、自分より大人で格好いいお兄さんです。失敗ばかりの自分でも見捨てずお世話してくれる」

「ぼくが……」


 この時分の少年ならば大人への憧れも強い。アームドスキンのような大きくて強いものへの憧憬も代替行為みたいなもの。そこをくすぐる。


「それを今からやるんです。君が積極的にシュルグ君の面倒見てあげればどうなると思います?」

 提案してみせる。

「ぼくをすごいと思う?」

「そして、お母さんも助かります。手が空けば君が甘えられる時間ができると思いませんか?」

「あっ、ほんとだ」

 目からウロコといった風情だ。

「ちょっとだけ大変かもしれません。上手くいかないこともあるでしょう。ですが、君の頑張りがいつか家族みんなが笑っていられる時間を作ることになります。やってみませんか?」

「うん! ぼく、頑張ってみる」

「お母さんのところに戻りますか?」

 頷いた少年を抱き上げて地上へと下ろす。


 気の持ちよう一つなのだ。自分だけと求めれば手に入らないものも、皆で得ようと協力すれば自ずと手に入ったりする。そこに考えが向くよう誘導してあげるだけでいい。


(自分一人ではなかなかたどり着けないんだけどさ)

 ルオーもその一人である。


 駆けていったダントンが弟のシュルグを抱き上げる。最初は戸惑った夫人も、息子の様子が変わったのに気づいて二人合わせて膝に座らせる。マイス氏は喜びを隠さず、三人を包み込むように抱いた。ほんの少しだけだが、これからは上手くいくだろうと思う。


「ライジングサンは彼らの明日を暗闇に閉ざしたりしない」


 ルオーはセンサーに反応した相手に眠そうな目を向けた。


   ◇      ◇      ◇


「君はこれから社交界でも注目の的になるだろう。それくらいに美しい」

 耳元で甘くささやく。

「え、そんな……」

「本当だ。オレはそんな美しい花をここで手折ってしまいたいのを堪えるのに必死なくらいだからね?」

「パットったらお世辞ばかり」

 まんざらでもなさそうなのだが、箱入りであるがゆえに尻込みしている。

「嘘をついたりしないさ。だって、そんな汚いものは、レーシュ、君の輝きの前では簡単に萎れてしまう。無駄なことはしない。真実だけを君に捧げると誓おう」

「パット、あなたはどこのお家の方? 末弟と言われたけど、本当は高貴な家庭の方なのでしょう? じゃないと、こんなに上手なはずないわ」

「ああ、あの言葉が嘘ならばオレはすぐにでもお父上に君との結婚をお願いしてもいい。だけど、実際にはもう家との縁も切れているこの身では、君は手の届かない高嶺の花なんだ」


 口説き落とすのも時間の問題だ。両親が近くにいるこの場でどうこうできるわけもない。だが、彼女の心に一生残る男にはなれるだろう。それが彼のプライドを満足させる。


「お取り込み中でしょうけど仕事の時間ですよ」

「マジか。なんて間の悪い」


 σ(シグマ)・ルーンから聞こえる相方の報告がパトリックを苛立たせた。

次回『今に至る(5)』 「さて、レーシュちゃんに格好いいとこ見せなきゃね」

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