いずれは明ける(3)
クワンシーカップ準決勝第二試合が行われるその日はカフェ『エシュメール』も営業時間を延長していた。前日のトリアの日には第一試合の結果、リミテッドクラスの王者チーム『タイタロス』が決勝進出を決めている。
そして、レーネの日の今日、メインゲームで『ブル・アックス』と『エシュメール』が対戦し、来週末の決勝でまみえるチームが決まるのだ。フロアはチームのファンになった常連とドーム行きには腰の引ける女子ファンが詰めかけている。
「お待たせしました。時間なので試合のライブパネルを出しますね」
ケイティが告げると歓声があがる。
BGMを消し、出入り口寄りの観えやすい位置に大型投影パネルを表示させる。ライブは前の試合が終わってリング整備が行われている様子を映していた。
(こんなに大勢のお客さんが来てくれて盛り上がれるなんて思いもしてなかった)
オーサムたちがチームを結成すると宣言した頃は週末でも席が埋まることはなかったのだ。
(リピーターさんもすごく増えてくれて経営も楽になってきたわ。カフェのほうはもうじき夜明けのときって感じかしら。だから、お願い。怪我一つなく帰ってきてほしい)
ケイティはそれだけを望んでいた。
◇ ◇ ◇
「それでは本日のメインゲームの時間です。間もなくチーム『ブル・アックス』対『エシュメール』の試合を始めます」
リングアナは朗々と宣言する。
「ブル・アックスが勝ち残れば因縁の対決。幾度となく挑戦し、煮え湯を飲まされてきたリーダー、デラ・グストミン選手が雪辱を果たすべく『タイタロス』との決勝に臨むことになります。解説のロバート・ゲッツさん、どう見られますか?」
「そうですね。ブル・アックスは以前こそ粗さが目立っていましたが、今では実力を付けてきました。勝利してメジャートーナメントを制することになればトリプルエースの彼女たちもリミテッドが見えてくるでしょう」
「はい、ポイント的には十分ですね」
中継モニタには両チームのこれまでの対戦成績が表示されている。ここ一年も敗北のほうが多いものの、試合時間は伸びてきて実力が拮抗してきているのを示していた。
「片やエシュメール」
本題と言わざるを得ない。
「ノービス2のチームがとうとう、ここまでやってきてしまいました。毎試合、新たな一面を覗かせつつ、掴みどころのない試合展開を演じて勝利をもぎ取ってきたのです。今ではリミテッドのベリフォードを下したのもまぐれとはいえません」
「彼らはあまりに異質です。まるでリングに違う概念を持ち込もうとしているかのよう。それだけに各チームは面食らったままズルズルと敗退してしまったようにも思えます」
「どこで止まるのか、誰が止めるのか。そこがこのクワンシーカップの注目点にもなってきたように感じてしまいます」
モニタに映っているチームメンバーの顔は四つのみ。プライベーターとしては珍しくもないが、メジャートーナメントの準決勝に並ぶのは類を見ない。
「両チームの入場です。ブル・アックスはもちろんモグス・ビレー社のアームドスキン『カリナンタ』を並べてきています。編成に変わりはない模様。デラ選手は入れ込んでいるようにも思えます。足運びが少々雑でしょうか?」
「彼女はプライドが高い選手です。思いがけない対戦に心穏やかにいられないのかもしれません」
眼中にもなかった異色チームが勝ち上がってきた。研究分析に割かねばならない時間はトップチームを率いる彼女には煩わしいものだっただろうと解説者は語る。
「与しやすい相手とは考えなかったのでしょうか?」
リングアナは切り口を変えてみる。
「そうは考えないはずです」
「なぜですか?」
「彼女クラスの選手ならばマッチゲームの解説に呼ばれるでしょう。そのときに今のエシュメールの試合を見てはいませんか?」
人気選手は解説に招聘される。
「はい、一度有ったと記憶しています」
「初顔合わせで対戦したのと違い、彼らの試合を生で俯瞰映像も見ながら解説した。つまりはエシュメールの戦略性を間近に観察しているのです。嘗めて掛かれるはずもありません」
「そうおっしゃられると確かに」
「トップチームの選手の目は節穴ではありませんよ」
理路整然と説明されると納得できる。エシュメールは変幻自在な側面を見せてきた。新鮮であるがゆえに対戦チームも苦戦している。しかし、始めから難敵だと考えていれば対策も徹底しようというもの。
「デラ選手がエシュメールに対し、どんな対策を打ってきたか楽しみになってきたでしょう?」
ロバートが問い掛けてくる。
「そうですね。今日の試合の最大の見所になると思えてまいりました」
「注目すべきは彼女の動きだけではありません。ナビも重要になってきます。コマンダーがいかに効率的に対戦チーム各選手の動向を把握できるかも勝負どころでしょう」
「そうなると、かなり高度な試合展開になるかもしれませんね」
予想より難しい試合になる。
「実況し甲斐があるでしょう?」
「ええ、ロバートさんも期待なさっているのでは?」
「なにをしてくるか。我々は新しいクロスファイトの生き証人になれるかもしれませんよ?」
適度な煽動をしてくる解説者にリングアナも乗った。
次回『いずれは明ける(4)』 「これではエシュメール優位に思えます」