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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー  作者: 八波草三郎
二度あることは三度ある
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いずれは明ける(2)

 カフェ『エシュメール』は昼前から夕暮れまでくらいしか営業していない。夜帯の営業ができれば勤め人の客を呼び込めるのだが、フュリーやレンケを育てている以上放置はできないのだ。暗くなってまで小さな子どもを店内にいさせるわけにはいかない。


 ゆえに平日はほとんど時間の自由になる常連さんしか来ないのだが、最近は夕方帯もそこそこ席が埋まるようになってきた。客層は学生である。女子の友人同士やカップルで入店してくる。


(リピーターも少なくないけど、なんか雰囲気違うお客様も多いのよね)

 ケイティは思う。


 フロア管理を配膳ロボに頼めるようになった彼女は、あまり常連以外の客には自ら出向くことはない。無人バスで学校から帰宅した子ども二人の面倒を見つつ、客が気紛れに入力してくれるレビューや一般のチャットサービスの内容をチェックしてメニューの評価などをしている。


「わー」

「待ってー、フュリー」

「こらこら、駄目よ」


 油断すると出動してしまうフュリーやレンケを捕まえに行く務めもある。常連様以外に絡みに行くのはトラブルの元だ。


「あー、子どももいる」

「珍しいよね。雰囲気もいいし、どのメニューも美味しいし悪くなくない?」


 どんなきっかけでも来店してくれればリピートしてもらう自信は多少ある。オリガの作るスイーツはそれだけの価値があった。評価を直接耳に入れるのも一考すべきか。


「いらっしゃいませ。騒がしくしてごめんなさいね」

 子どもたちを脇に従えつつ断りを入れる。

「大丈夫です。賑やかなの慣れてるし」

「このパフェも美味しいし、店員さんも美人だった」

「ありがとうございます」

 礼をする。

「これだけクオリティ高いと何回でも来たくなっちゃう」

「色々メニューあるからお願いね」

「コラボカフェとかあるとほんと助かるー。応援してる気分になるし」

「はい?」


 理解しがたい単語が耳に飛び込んできた。ケイティにはわけがわからない。


「チーム『エシュメール』のコラボカフェ、常設してるんですか?」

「パトリック様のイメージメニューとかあったら教えてください」

「チームのコラボカフェ?」


 聞いてみると、彼女が銘打ったつもりのない噂話が独り歩きしていた。エシュメールはチームと提携してコラボ展開しているというものだ。


(こっちが本家『エシュメール』だわ)

 心の中でツッコむ。


 クロスファイトドームはギャンブル要素があるので客層が決して良くない。女子学生の彼女たちにしてみれば足を向けにくい場所である。実際、彼女やオリガもチームの応援に行ってみたい思いもあるが、フュリーとレンケを連れていけないので自重している。


(推し活に困ってる女子学生ファンが、エシュメールがコラボカフェだと勘違いして通ってきてる?)

 奇妙な状況ができあがっていた。


 学生の身分では投票券(チケット)を買うわけにいかない。推しに直接お金を落としたい女子たちが想像力を掻き立てて生み出した状況だ。


「えーっとね」

 騙すような営業はしたくない。

「ここは……」

「ごゆっくりしてください」

「あー、ルオー選手だぁ。やっぱり噂どおり店にいるときもあった」


 青年が登場する。まとわりつくフュリーとレンケを抱き上げながら接客してくれた。


「じゃあ、もしかして?」

 期待に瞳を輝かせている。

「やあ、オレのファンってのは君たちかい?」

「パトリック様!」

「いらっしゃい。来てくれてありがとう」


 フロアに黄色い声が木霊する。主にパトリック目当ての女子が集結していたようだ。気づいていなかった事実にギョッとする。


「大丈夫ですよ、ケイティさん」

 ルオーが促してくる。

「でも」

「こういうのは彼に任せておけばいいんです。得意分野ですから」

「そうなの?」


 多少は関係性の機微もわかってきたが、性格性質ともに大きく異なる二人がバディとして成立するには役割分担もあるらしい。誘われるままにキッチンに下がり観察する。


「パトリック様のコラボメニュー、教えてください。追加注文しますから」

 各テーブルから声が掛かる。

「コラボメニューね。オレは君の中でどんなイメージだい?」

「えっとぉ、華麗で、それでいて力強くて……」

「違うさ」

 口元に人差し指を近づけて止める。

「君はどんなオレでいてほしいんだい?」

「え、え、そんなの……。あの……」

「ここのメニューは君のイメージ次第でどんなオレにもなる。ときに甘く、ときにほろ苦く、そして、ときに甘ったるすぎるくらいに」


 そんな台詞を耳元で囁かれた女子学生は目をハートマークにしていた。いとも簡単に陥落させている。


「じゃ、じゃあ、今日は甘めのパトリック様でいてください」

「わたしは苦めがいいです」

「あたしも甘々でぇ」


 次々と追加オーダーが入る。パトリックはテーブルを巡っては一人ひとりを上手にあしらっていた。


「見事なものでしょう?」

「ほんと」

「これでエシュメールはチームのコラボカフェっぽいものとして認識されました。ですが、取り分けてコラボメニューの開発なんて不要です。今までどおり味を極めるのに邁進してくださいね」


(結局、自分の都合のいいところに落とし込んじゃったわ。ルオーったら)


 ケイティは笑い声を立てないよう我慢しなくてはならなかった。

次回『いずれは明ける(3)』 「トップチームの選手の目は節穴ではありませんよ」

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